2015年11月25日水曜日

文化祭から物価を考える



 全学部コラボ企画、「学問のミカタ」、11月のテーマは「文化祭」です。少し経ってしまいましたが、毎年、文化の日とその前後には、多くの大学、高校で文化祭が開催されます。大学では、ゼミや部活、サークルがそれぞれに趣向を凝らし、高尚なものからポップなものまで、様々なパフォーマンスを披露してくれます。東京経済大学でも文化祭「葵祭」が毎年この時期に開催され、私もゼミ生たちに招待してもらって、茶道やアカペラ、写真や管弦楽など彼らが所属しているサークルのパフォーマンスを楽しんだりしています。

 また、今年は久しぶりに母校の大学の文化祭にも家族で訪れました。私が卒業して10年以上経って、お酒が全面禁止になっているなど、いろいろ変化していることに時の流れを感じましたが、かつて、私が所属していた野球サークルが今も変わらない場所で、当時と同じ焼き帆立の出店を出しているのを発見したときは、とても懐しい気持ちになりました。

 やはり、文化祭といえば、出店が一番の花形ではないでしょうか。私も大学生になってそれまで買う側だったお祭りでの出店の、出す側に自分たちがなったわくわく感を良く憶えています。学生にとって、出店を出すにあたって、一番悩むのはもちろん、「何を売るか」ですが、ここでは経済学部らしく、それに続く問題、「いくらで売るか」について考えてみましょう。

 文化祭の出店で、何か商品を売る側に回ったとき、その価格設定でまず考えるのは、「出来れば高く売りたい」ということです。もちろん、学生がそれほど高品質な商品を提供できるでもなし、さらにお祭りの中での数日限定の商売ですから、実際は高い値段で利益を稼ごうというよりは、だいたいは安めの価格設定で、とにかくたくさん売れるようにという方向に落ち着きます。とはいえ、この「売る側」に回り、その「販売価格」まで自分たちで決められるというのは、学生のうちはなかなか味わえない貴重な経験です。

 私たちは、普段、消費者という立場からものを考えることに慣れています。そのため、「モノの値段が高い方がいいか、安い方がいいか」と聞かれると、直感的に「安い方がいいに決まっている!」と感じる人が多いと思います。これは消費者、すなわち「モノを買う側」としては、ごく自然なことです。しかし、いざ「モノを売る側」に立って考えると全く見方が変わってくるわけです。「モノの値段の理想の状態」というのは、立場によって全然違ってくるのです。

 次に、上の問いを少しだけ変えて、「物価は高い方がいいか、安い方がいいか」と聞かれると、皆さんは直感的にどう思いますか。ほとんど同じ質問なのに、ぐっと直感が働きにくくなるのではないでしょうか。
 物価とはその字の通り、モノの値段、財・サービスの平均的な値段のことを意味します[i]。こう考えると、やはり消費者としては、「安い方がいいに決まってる」と言いたくなる気持ちもするのですが、一方で、「物価が安くなるとは、すなわち、デフレだよな。最近よく『デフレ不況からの脱却を』なんて言葉を良く聞くし、となると物価はある程度高い方がいいのかな。。。」という気もします。

 この「望ましい物価水準とは?」というイメージしにくい問題を考える足掛かりを得るためには、私は、次の二つのことの理解が必要だと考えます。

まず一つは、「物価の変動と景気の変動は必ずしも同じではない」ということです。なんとなく「インフレ=好況」、「デフレ=不況」とイメージしがちではないでしょうか。実際、このようなペアで発生することが多いです(例、バブル経済、世界同時不況以降の経済)が、過去にそうでない状況を日本も経験しています。例えば、オイルショック時は不況なのにインフレが発生しましたし(スタグフレーション)、2000年代半ばごろには、デフレが進行し続けるにもかかわらず、実質GDPは継続的に上昇し続けた時期がありました(実感なき景気回復)。すなわち、インフレ=善、デフレ=悪と簡単に言い切ることは出来ず、物価変動の是非を考える場合、それを引き起こしている原因まで考える必要があるわけです。

そして、もう一つは、「どんな経済主体も、買う側だけでなく、売る側にもなる」ということです。何も文化祭で出店をやったり、自ら経営者となったりして、商売をする人だけが売る側に回るわけではありません。サラリーマンだって、立派な労働サービスの売り手です。そう考えると、やはり物価は一概に高い方がいいとも、低い方がいいともいえないことということが理解できるのではないでしょうか。

このように物価変動とは、経済現象の中でも大きなものであるにもかかわらず、なかなか捉えにくいであるといえます。現在、多くの国の政府や中央銀行が、「物価を安定させながら、景気を改善(もしくは安定)させること」を目指し、様々な経済政策を行っています。それらの具体的な政策に注目することはとても大切ですが、その背後にある「物価」そのものについて、改めて考えてみることは、実はそれ以上に大切なことなのかもしれません。

投稿者 石川雅也


[i] ちなみに「物価指数」というと、特定の基準年の物価水準を基準に、各年の物価水準が相対的にどの程度なのかを指数表現した値を意味します。