2019年5月30日木曜日

【学問のミカタ】経済効果を計算する

 経済学部の井上裕行と申します。今年度から経済学部のブログ作成に携わることになりました。よろしくお願い申し上げます。

 新聞やテレビをみていると「○○の経済効果は○○兆円」というようなニュースを見かけることがあります。最近では東京オリンピックの開催や令和改元などについてその経済効果が試算され話題になりました。今回はこうした経済効果の試算分析について考えてみたいと思います。

話題を提供する経済効果分析

 このような経済効果の分析は頻繁に民間の研究機関から発表されています。銀行、証券会社、生命保険会社などの研究部門は一般向けに様々な報告書を発表しています。特に世間が注目するような出来事についてはその経済効果についての関心も強く、分析結果がテレビや新聞などのメディアで取り上げられる機会も多くなります。民間機関がこのような分析を公表する目的としては、一般の注目を集めることで本業の資産運用などで顧客を増やすことなどが考えられます。分析能力の高さを示すことは顧客の資産運用能力への信頼を増すことにもつながります。
 最近話題になった令和改元の経済効果としては 、ゴム印・Tシャツ・カレンダーなどの令和関連グッズの売り上げに注目したり、10連休の経済効果を試算したり、興味深い内容の報告書が出ていました。

東京オリンピックで景気がよくなる?

 東京オリンピックの経済効果についてはこれまでに多くの分析結果が発表されてきました。やはりオリンピックという国を挙げてのイベントということで注目を集める報告が多数出されてきました。たとえば東京都オリンピック・パラリンピック準備局は経済効果が32兆円程度、みずほ総合研究所は30兆円程度と試算しています。日本のGDP550兆円程度ですから、オリンピックは日本経済全体に影響を与えるような規模の経済効果を持っていると言えるでしょう。日本銀行も2015年から2018 年の日本の実質GDP成長率を毎年+0.20.3%ポイント程度押し上げると試算しています。 

 これらの分析ではどのようにしてオリンピックの経済効果を計算しているのでしょか?実は経済学の考え方を応用した計算を行うことで、このような結果が導き出されています。例えば、オリンピックに必要な競技場を建設する場合にはそのための建築費が支払われます。これは直接GDPを押し上げる効果がありますし、さらに建設業の活動水準が高まるとほかの産業への需要も拡大する効果があります。このような間接的な波及効果は産業連関分析という手法を用いて計算することができます。オリンピックについては外国人訪問客の増加と国内観光支出の増加など様々な派生需要もあり、さらにその波及効果も期待できます。このようにして計算された結果を積み上げたものがオリンピックの経済効果としてまとめられることになります。

計算された経済効果はどこまで信頼できるか?

 確かにこのような分析は経済学の理論を応用した結果であり、単なる推測とは異なるものです。しかし、これらの結果をそのまま受け入れることには注意が必要です。たとえば東京都とみずほ総研の試算結果だけ見ると30兆円程度となっているので同じような経済効果のように見えるでしょう。しかし実際には都の試算は、招致が決まった2013年から30年(大会10年後)までの18年間についての効果を試算している一方、みずほ総研は2014年から20年の7年間についての試算結果となっています。そう考えるとむしろ両者の結果は大きく異なると言えるでしょう。
 さらに注意が必要なのは、このような分析を行う場合には様々な前提が置かれており、その設定次第で結果は異なるということです。経済学の知識を身につけることで、このような分析についても自分自身の評価を行うことができるようになるでしょう。

消費税率引き上げをめぐる政策論議

 最近盛り上がりを見せているのは消費税増税の是非を巡る議論です。この議論を理解するためには消費税増税の経済効果を理解しておくことが必要です。このような政府の重要な経済政策の経済効果を政府として把握する際には、 内閣府の経済社会総合研究所が管理している短期日本経済マクロ計量モデルが利用されます。これはマクロ経済学と計量経済学を応用して現実の日本経済の動きを再現できるようにした経済モデルです。このモデルは消費税を増税すると消費、物価などが変化し、最終的にGDPがどのように変化するかについてシミュレーションを行い、結果として示すことができます。実際に消費税率を2パーセント上げるとGDP0.6パーセントポイント程度押し下げられるという結果が示されています。過去4年間平均のGDP成長率が1パーセント程度であったことを考えると、消費税率2パーセント引き上げの影響は相当大きなものであるという評価ができるでしょう。
 特に前回の消費税率引き上げ(20144月に5パーセントから8パーセントに引き上げ)の後に経済活動が押し下げられたという経験もあり、現在の景気局面で消費税を引き上げるべきかどうかという議論が再燃しているようです。
 消費税引き上げの経済へのマイナスの影響を打ち消すために、様々な消費刺激策などが検討されているのもこうした事情を反映しています。
 このような議論を理解するには、日本経済全体の動きを見るためのマクロ経済学の知識が有効です。さらに計量経済学の知識も身につければ政府が経済政策の立案・運営に参考にしているマクロ計量モデルの分析結果を評価することも可能になります。

経済効果分析は経済学の応用問題

 これまでみてきたように様々な現象について経済学の知識を活用してその経済効果を試算すること可能です。世間に公表されている経済効果の分析は読み物としても楽しめるものが多く、気軽に読んでみることをおすすめします。経済学を勉強することで自分自身の評価ができるようになるとさらに知的な興味が深まるでしょう。これは政府の経済政策について議論する場合でも同じです。国民として望ましい経済政策運営が行われているかどうかを判断するためには経済学の知識は必要不可欠なものと言えるでしょう。


【参考文献】
「改元効果の再検討〜持続性のある効果に結びつくか〜」、第一生命経済研究所 、20193
「令和効果、1週間の記録〜月額11 億円の販売増〜」、第一生命経済研究所 、20194
「東京2020 大会開催に伴う経済波及効果(試算結果のまとめ」、東京都 オリンピック・パラリンピック準備局、20174
2020年東京オリンピック・ パラリンピックの経済効果 〜ポスト五輪を見据えたレガシーとしてのスポーツ産業の成長に向けて〜 」、みずほ総合研究所、20172
2020年東京オリンピックの経済効果」、BOJ Reports & Research Papers、日本銀行、201512
「短期日本経済マクロ計量モデル(2018年版)の構造と乗数分析」、丸山 雅章他、内閣府経済社会総合研究所、20189