2019年1月12日土曜日

【学問のミカタ】きのこたけのこ戦争と巨大IT企業の違い

 皆さん明けましておめでとうございます。厄年の黒田です。新年早々初詣もせずにアトランタで開催された全米経済学会に参加したところ、帰りにバッゲージロストで家に入れないといういかにも厄年らしい年明けを迎えました。
One Wayってちゃんと書いてありますね!
来年度は他の仕事を引き受けることになったので、残念ながらこのブログの担当からは離れることになりそうです。そこで、最後に僕が研究しているプラットフォームの経済学について、ざっくばらんに記述してみました。以下、ご笑覧頂ければ幸いです。

・きのこたけのこ戦争
 君は「きのこたけのこ戦争」を知っているだろうか。「きのこの山」と「たけのこの里」はどちらも明治製菓が1970年代から販売し続けているロングセラーのチョコレート菓子だ。どちらもクッキーまたはビスケットをチョコレートと組み合わせたお菓子である。しかし、どうも世の中には「きのこの山」と「たけのこの里」のいずれか一方に強い好みを持ち、他方よりも優れていると考える人もいるようだ。明治製菓はこの事実を活用して、2018年に「きのこの山たけのこの里国民総選挙」なるイベントを行っている。

 「きのこの山」が「たけのこの里」よりもずっと好きだという人が、「たけのこの里」が好きだという人に戦いを挑む必要があるのだろうか?素直に自分が好きな方を買うだけで良いのではないだろうか。おやつを分け合わなければならない間柄でれば、今日はきのこ、明日はたけのこ、とすれば平和な間柄を維持することができそうなものである。経済学では選択肢のどれでも構わない事を「無差別」と表現する。この事例であれば、「僕にとってきのこの山もたけのこの里も無差別」等と気取って表現したりしておけば争いを起こす必要は無い。明治製菓はきのことたけのこにあえて異なる公約を掲げることで、人々を党派に分断し、戦いを激化させてようとしているようだ。しかし、明治製菓の陰謀にもかかわらず、多くの人にとって「きのこの山」と「たけのこの里」はいずれも受け入れ可能な美味しいお菓子の一つに過ぎないだろう。

 「きのこの山たけのこの里国民総選挙」とは違い、しばしば人間は自分の好きなものを他者にも勧めようとし、異なるものを好む者の間で争いが生じる事がある。アイドルグループの「推しメン」や「担当」等という言葉を聞いたことはないだろうか。ソニーのゲーム機である「Playstation」や任天堂のゲーム機である「Switch」に強い愛着を感じ、他を貶める「ゲハ厨」と呼ばれる迷惑者を見たことはないだろうか。自分が好きなものが好きであるだけでは飽き足らず、他の人にも自分の好きな者を推す者がおり、その結果、実際に争いが起きて、討ち滅ぼされる者がでてきてしまう場合がある。

・現代の産業の2つ特徴「規模の経済」と「ネットワーク効果
 経済学は、自分が好きなものを他者に推す行動が、きのこたけのこのような単なる自己満足に終わらず、社会の相互作用を通じて実質的な効果を持つ場合を大きく二通りに分けてきた。一つ目は、「規模の経済」と呼ばれる性質で、製品やサービスを作る時に、たくさん作れば作るだけ一つ当たりの費用が低くなる場合である。もう一方は、「ネットワーク効果」と呼ばれる性質で、製品やサービスを使う人が増えれば増えるだけ、ある人が財やサービスが選ばれやすくなる場合である。このどちらもが、類似する二つの財が、ひとたび他に比べて多く消費されるようになると、それだけが世に残り、他を討ち滅ぼしてしまうようになるかもしれないのである。

 先に挙げたアイドルグループの「推し」は、「規模の経済」によって生じる性質である。「きのこの山」と「たけのこの里」はクッキーまたはビスケットとチョコを楽しむお菓子だ。ファンが増え多くの人が買うようになると、その分クッキーまたはビスケットとチョコレートを沢山仕入れなければならないため、消費が増えれば費用も増えてゆく。万一皆が突然「きのこ派」になりキノコを買い求めれば、工場や倉庫の限界に到達するだろう。一方、アイドルグループは歌や踊りによって魅力を伝えるものだ※1。このためには歌や踊りを作成し、アイドルをトレーニングする費用がかかる。しかし、これらの費用はそのアイドルグループのファンが増えても増える事は無い。財やサービスを利用する人が増えても費用が増えない、むしろ利用者が増えることで1人当たり費用は減ってゆくことを「規模の経済」という。ファンが増えれば増えるだけそのアイドルに追加的に一曲を歌い、踊って貰う事で得られる収入も増えるのだから、運営会社はは人気のあるアイドルには次々と新しい歌と踊りを提供させようとするだろう。方や、人気の出ないアイドルは楽曲も増えず、コンサートの回数も増えず、やがては引退・解散などという運命を辿ってしまうかも知れない。アイドルの「推し」をする事で、ひょっとすると「規模の経済」が動き出し、より長く、より多くのライブを楽しめるようになるかも知れないのである。

 一方のゲームハードの「推し」は、「ネットワーク効果」によって生じる性質である。「きのこの山」と「たけのこの里」は自分が食べて楽しむお菓子だ。他の人が自分の「推す」お菓子を食べていても、自分が食べる事はできない。※2。一方、「Playstation」や「Switch」はゲームハードそのものを消費するものではなく、ソフトを楽しむものだ。「Playstation」と「Switch」のどちらでも構わないと思っている人に、自分が利用しているものと同じ機種を推し、同じ機種を利用すれば、オンラインマルチプレイをする事ができたり、ゲームソフトの貸し借りをする事ができるようになる。マルチプレイやソフトの貸し借りなどを通じて、他の人が自分と同じものを買うことで、自分が感じる価値が高くなる性質を「ネットワーク効果」と呼ぶ。これからどちらのゲーム機を買おうか迷っている人は、既により多くの人が所有している機種を選ぶことで、より多くのマルチプレイやソフトの貸し借りの機会を期待することができる。方や、人気のないゲームハードではそのような機会は殆ど訪れることはないだろう※3。ゲーム機を「推す」事で、ひょっとすると「ネットワーク効果」が動き出し、より多くの相手と、より多くのタイトルを楽しめるようになるかも知れないのである。

・巨大IT企業の経済学的解明
 「規模の経済」と「ネットワーク効果」は多くの人が支持する勝者と、支持されずに消えてゆく敗者を生み出していく傾向にある。しかし、アイドルやゲームハードが「規模の経済」や「ネットワーク効果」で勝者と敗者に分かれることは社会にとって深刻な問題ではない。いったいどれだけの人が「光GENJI」やセガのゲーム機を覚えているだろうか?仮に「推し」が解散・引退してしまい、他のアイドルが覇権を握ったとしても、次の「推し」を見つけたり、アイドルファンを引退してしまえば、日々の生活に支障が出ることは無い。ゲームハードについても、購入したハードが普及せず、他のハードが覇権を握ったとしても、日々の暮らしに支障が出ることは無いだろう。ところが、「規模の経済」や「ネットワーク効果」の存在が、現代社会にとってとても深刻な問題となるのではないかという懸念を持つ人が増えてきている。

 「デジタル・プラットフォーマー」と呼ばれる巨大IT企業群をどう取り扱うかが、日本のみならず、米国・欧州共通の政策上の問題となっている。日本政府はプラットフォームを対象にした専門組織を構築し、その監視や調査・分析をする組織を作る事を検討している。ここで問題にされている巨大IT企業群というのは、GoogleやAmazon等の事である。人曰くこれらの企業は「私たちの生活とビジネスのルールを根本から変えつつあり、これからも変え続ける」のだそうだ。また、これらの企業を取り締まろうとする若手の台頭に対し、「米国のIT(情報技術)・通信の大企業が反トラスト(独占禁止)当局者の引き抜きに乗り出している。原文)」とされている。

 経済学で理解するところの巨大IT企業群※4は、「規模の経済」と「ネットワーク効果」を巧みに利用している所に特徴がある。彼らの「規模の経済」の源泉は、様々な分野の博士号取得者を数多く雇用する事で築き上げた知識によるサービス生産だ。彼らの「ネットワーク効果」の源泉は、ゲーム理論と統計学を駆使する経済学者によって力強く組み上げられる業務過程だ。

 「きのこの山」と「たけのこの里」をすばらしく効率的に作る機械を開発しても、クッキー・ビスケットやチョコレートの費用を無くすことはできないし、輝く才能を持ったスターの卵が他の人よりも早く上手く歌やダンスを身につける事ができたとしても、5分の歌とダンスを披露するには5分が必要だ。従来型の企業は容易に「規模の経済」の限界に到達してしまう。しかし、巨大IT企業で働くソフトウェアエンジニアの「規模の経済」は今だ限界に到達していない。

 Googleの基幹システムの構築を行ったジェフ・ディーン(ワシントン大学コンピュータサイエンスPh.D)には次のような伝説がある。
ジェフ・ディーンが2000年後半にキーボードをUSB2.0にアップグレードしたとき、彼がプログラム・コードを生み出す速度は40倍になった原文)」
USB1.0からUSB2.0に規格がアップグレードし、コンピュータとキーボードの間の転送速度が40倍になった事で、彼のコードを書く速度のボトルネックが解消されたという伝説だ。この伝説が生まれた背景には、ソフトウェア・エンジニアの間では並の人間と彼のコードを書く能力には数十倍では済まない差があると認識されていたこそ広まった伝説なのだろう。実際、数百人のチームが何ヶ月もかけて解決出来なかった問題を、一人のプログラマが一夜にして解決する事などソフトウェア界では珍しくない。さらに、コードをひとたび書けば、そのコードは世界中のコンピュータで同時に動かすことができる。一人の書いたコードが処理時間を1秒縮めた効果は、そのコードの利用者数が増えるだけ増えるのだ。つまり、利用者の多いソフトを提供している会社であればあるだけ、より優秀なプログラマを雇う事で大きな効果を上げることができるため、より優秀なプログラマを雇う誘因を持ち、より優れたサービスが提供されるようになるのである。

 巨大IT企業群は「ネットワーク効果」の使い方も巧みである。消費者に選ばれ続けるためには、消費者にとって最も魅力的なサービスであり続ける必要がある。GoogleやAmazonは自社が次に提供するサービスとして、既存のサービスのユーザにとって最も魅力のあるユーザを引きつけるようなサービスを見つけている。Googleが検索サービスだけの企業であったとき、Googleは検索連動型広告サービスを始めた。消費者にとって興味の無い広告が大きな割合を占めるテレビや雑誌の広告に対し、検索連動型サービスは入力したキーワードに関わる広告が表示されるため、消費者は関心のある事柄についての広告を目にする事ができる。企業も、自社の製品に興味を持ちそうな人に対して広告を表示することができる。これは消費者にも、広告主にも望ましい「ネットワーク効果」だ。続いてGoogleは「Map」「翻訳」「Youtube」「Android」など、様々なサービスを開発・買収してきた。世界のインターネット利用率はまだ40%台であるから、利用者数はまだまだ増えるだろうし、、インターネットを通じて消費されるサービスはまだまだ増えてゆくだろう。「ネットワーク効果」を通じたサービスの改善を続けるために、巨大IT企業群は次々と経済学者を雇用するようになっている。その先鞭となったのは、Googleだ。
 
 Googleはその黎明期である2002年にカリフォルニア大学バークレー校の経済学者であるハル・ヴァリアン氏をチーフエコノミストとして迎え、競争戦略の中核に関わる部分についての助言を受けている。ヴァリアンの『ネットワーク経済の法則(Information Rules)』はネットワーク効果を理解するための素晴らしい入門書であることは、彼をチーフエコノミストに迎えたGoogleの経営陣みならず、Amazonの設立者のジェフ・ペゾスも認めるところである。Microsoftも著名経済学者であるスーザン・エイシー氏をチーフエコノミストとして迎えているほか、Amazonは多数の経済学博士号取得者を雇い、数多くの経済分析を用いて事業構築を行っている事が知られている。Amazonの東京オフィスでもノースウェスタン大学・香港科技大学に勤めた渡邉安虎氏をシニアエコノミストとして迎え、日々の事業改善に向けた分析を行っている。

・巨大IT企業による覇権と経済学
 巨大IT企業が次々と魅力的なサービスを提供し、成長してゆく裏側には、敗者の存在もある。巨大IT企業の覇権拡大はインターネット上から始まった。Googleに検索サービスの覇権を奪われたYahoo!、ソーシャルネットワークの覇権を奪われたMyspace、携帯電話用インターネットプラットフォームの覇権を奪われたiモード※5が著名な負け組である。近年に入ると、巨大IT企業群の覇権拡大はインターネットの外の世界に飛び出した。AmazonやSpotifyに顧客を奪われ倒産してゆく書店レコード店たち、UBERに顧客を根こそぎ持って行かれたタクシー運転手たち。世界のトップ大学の講義を履修できるオンライン大学講座なんてのも登場している。この先も巨大IT企業に次々と既存企業が飲み込まれてゆくだろう。

 経済学者は企業が巨大である事が規制の根拠にはならないと考えている。また、巨大IT企業が次々と既存企業を飲み込み、負け組を作っていくことを規制すべきであるとも考えてはいない。※6しかし、組織が巨大であること自体が何かしらの悪影響を持つかも知れないし、政府による統治権を脅かし、経済の秩序を失わせることになるかも知れない。各国政府はそうした事への懸念から、何かすべき事は無いかと模索しているのだ。

 政府が何をすべきかを考えるツールとして、経済学は最も有益なツールのひとつだ。なぜなら、「巨大IT企業が経済学を武器に事業を構築している」。少なくとも相手と同じ武器を携えていなければ、戦いの土俵に上がることはできないだろう。また、これから起業家として、もしくは企業のマネージャーとして巨大IT企業と戦い、GoogleやAmazonを凌ぐ巨大企業を作るためにも、経済学は助けになるだろう。Googleを育てたハル・ヴァリアンのように、次の世界的企業を育てる経済学者がいつ生まれてくるのだろうか。これまで一時的に覇権を握って来たIT企業の多くは「規模の経済」と「ネットワーク効果」をより上手く使った新興企業に覇権を奪われてきた。ひょっとすると、次の革新は「規模の経済」と「ネットワーク効果」ではない性質の理解によってもたらされるのかも知れない。経済学を学び、世界の覇権を巡る競争を理解し、次の時代作りに参加する挑戦権を是非握って欲しい。巨大IT企業との戦いはまだ始まったばかりだ。ようこそ、このワクワクする経済学の世界へ。

※1 自分と他者が同じアイドルを支持する事で自己満足を感じる人もいるかもしれないが、そのような人がいなくとも「規模の経済」は機能する。
※2 人が食べているところを眺める事で生じる自己満足はあるかも知れないが、無くても「ネットワーク効果」は機能する。
※3世界ではそこそこ売れているXboxだが、日本で2018年にはようやく10万台を突破程度だそうだ。一方、Switchは2018年再度の一週に17万台、PS4は5.8万台とまさに桁違いの販売台数である。出典:メディアクリエイトhttps://www.m-create.com/ranking/index.html(2019年1月11日アクセス)
※4 GAFAとかFANGとかBATHとかMANTとかいろいろなグルーピングがある。僕はAmazon、Google、Microsoftの3社は他に比べて別格だが、その他は同じ土俵に登っていないし上りそうにも無いと思うのだが、10年後どうなっているか楽しみである。
※5 僕はiモードが駆逐されたのは、GoogleやAppleのサービスが優れていたからであって、彼らが優れていないにもかかわらず誤って成功したわけでは無い事を示した論文を書いている。
Toshifumi Kuroda, Teppei Koguchi, Takanori Ida, Identifying the effect of mobile operating systems on the mobile services market, Information Economics and Policy,2018.
※6 そうではない経済学者もいるかもしれないが、巨大IT企業の規制に直結した研究でノーベル賞を取ったジャン・ティロール氏はそのような考え方である。同士の一般向け著書である『良き社会のための経済学』は大変な良著である。