2019年1月12日土曜日

【学問のミカタ】きのこたけのこ戦争と巨大IT企業の違い

 皆さん明けましておめでとうございます。厄年の黒田です。新年早々初詣もせずにアトランタで開催された全米経済学会に参加したところ、帰りにバッゲージロストで家に入れないといういかにも厄年らしい年明けを迎えました。
One Wayってちゃんと書いてありますね!
来年度は他の仕事を引き受けることになったので、残念ながらこのブログの担当からは離れることになりそうです。そこで、最後に僕が研究しているプラットフォームの経済学について、ざっくばらんに記述してみました。以下、ご笑覧頂ければ幸いです。

・きのこたけのこ戦争
 君は「きのこたけのこ戦争」を知っているだろうか。「きのこの山」と「たけのこの里」はどちらも明治製菓が1970年代から販売し続けているロングセラーのチョコレート菓子だ。どちらもクッキーまたはビスケットをチョコレートと組み合わせたお菓子である。しかし、どうも世の中には「きのこの山」と「たけのこの里」のいずれか一方に強い好みを持ち、他方よりも優れていると考える人もいるようだ。明治製菓はこの事実を活用して、2018年に「きのこの山たけのこの里国民総選挙」なるイベントを行っている。

 「きのこの山」が「たけのこの里」よりもずっと好きだという人が、「たけのこの里」が好きだという人に戦いを挑む必要があるのだろうか?素直に自分が好きな方を買うだけで良いのではないだろうか。おやつを分け合わなければならない間柄でれば、今日はきのこ、明日はたけのこ、とすれば平和な間柄を維持することができそうなものである。経済学では選択肢のどれでも構わない事を「無差別」と表現する。この事例であれば、「僕にとってきのこの山もたけのこの里も無差別」等と気取って表現したりしておけば争いを起こす必要は無い。明治製菓はきのことたけのこにあえて異なる公約を掲げることで、人々を党派に分断し、戦いを激化させてようとしているようだ。しかし、明治製菓の陰謀にもかかわらず、多くの人にとって「きのこの山」と「たけのこの里」はいずれも受け入れ可能な美味しいお菓子の一つに過ぎないだろう。

 「きのこの山たけのこの里国民総選挙」とは違い、しばしば人間は自分の好きなものを他者にも勧めようとし、異なるものを好む者の間で争いが生じる事がある。アイドルグループの「推しメン」や「担当」等という言葉を聞いたことはないだろうか。ソニーのゲーム機である「Playstation」や任天堂のゲーム機である「Switch」に強い愛着を感じ、他を貶める「ゲハ厨」と呼ばれる迷惑者を見たことはないだろうか。自分が好きなものが好きであるだけでは飽き足らず、他の人にも自分の好きな者を推す者がおり、その結果、実際に争いが起きて、討ち滅ぼされる者がでてきてしまう場合がある。

・現代の産業の2つ特徴「規模の経済」と「ネットワーク効果
 経済学は、自分が好きなものを他者に推す行動が、きのこたけのこのような単なる自己満足に終わらず、社会の相互作用を通じて実質的な効果を持つ場合を大きく二通りに分けてきた。一つ目は、「規模の経済」と呼ばれる性質で、製品やサービスを作る時に、たくさん作れば作るだけ一つ当たりの費用が低くなる場合である。もう一方は、「ネットワーク効果」と呼ばれる性質で、製品やサービスを使う人が増えれば増えるだけ、ある人が財やサービスが選ばれやすくなる場合である。このどちらもが、類似する二つの財が、ひとたび他に比べて多く消費されるようになると、それだけが世に残り、他を討ち滅ぼしてしまうようになるかもしれないのである。

 先に挙げたアイドルグループの「推し」は、「規模の経済」によって生じる性質である。「きのこの山」と「たけのこの里」はクッキーまたはビスケットとチョコを楽しむお菓子だ。ファンが増え多くの人が買うようになると、その分クッキーまたはビスケットとチョコレートを沢山仕入れなければならないため、消費が増えれば費用も増えてゆく。万一皆が突然「きのこ派」になりキノコを買い求めれば、工場や倉庫の限界に到達するだろう。一方、アイドルグループは歌や踊りによって魅力を伝えるものだ※1。このためには歌や踊りを作成し、アイドルをトレーニングする費用がかかる。しかし、これらの費用はそのアイドルグループのファンが増えても増える事は無い。財やサービスを利用する人が増えても費用が増えない、むしろ利用者が増えることで1人当たり費用は減ってゆくことを「規模の経済」という。ファンが増えれば増えるだけそのアイドルに追加的に一曲を歌い、踊って貰う事で得られる収入も増えるのだから、運営会社はは人気のあるアイドルには次々と新しい歌と踊りを提供させようとするだろう。方や、人気の出ないアイドルは楽曲も増えず、コンサートの回数も増えず、やがては引退・解散などという運命を辿ってしまうかも知れない。アイドルの「推し」をする事で、ひょっとすると「規模の経済」が動き出し、より長く、より多くのライブを楽しめるようになるかも知れないのである。

 一方のゲームハードの「推し」は、「ネットワーク効果」によって生じる性質である。「きのこの山」と「たけのこの里」は自分が食べて楽しむお菓子だ。他の人が自分の「推す」お菓子を食べていても、自分が食べる事はできない。※2。一方、「Playstation」や「Switch」はゲームハードそのものを消費するものではなく、ソフトを楽しむものだ。「Playstation」と「Switch」のどちらでも構わないと思っている人に、自分が利用しているものと同じ機種を推し、同じ機種を利用すれば、オンラインマルチプレイをする事ができたり、ゲームソフトの貸し借りをする事ができるようになる。マルチプレイやソフトの貸し借りなどを通じて、他の人が自分と同じものを買うことで、自分が感じる価値が高くなる性質を「ネットワーク効果」と呼ぶ。これからどちらのゲーム機を買おうか迷っている人は、既により多くの人が所有している機種を選ぶことで、より多くのマルチプレイやソフトの貸し借りの機会を期待することができる。方や、人気のないゲームハードではそのような機会は殆ど訪れることはないだろう※3。ゲーム機を「推す」事で、ひょっとすると「ネットワーク効果」が動き出し、より多くの相手と、より多くのタイトルを楽しめるようになるかも知れないのである。

・巨大IT企業の経済学的解明
 「規模の経済」と「ネットワーク効果」は多くの人が支持する勝者と、支持されずに消えてゆく敗者を生み出していく傾向にある。しかし、アイドルやゲームハードが「規模の経済」や「ネットワーク効果」で勝者と敗者に分かれることは社会にとって深刻な問題ではない。いったいどれだけの人が「光GENJI」やセガのゲーム機を覚えているだろうか?仮に「推し」が解散・引退してしまい、他のアイドルが覇権を握ったとしても、次の「推し」を見つけたり、アイドルファンを引退してしまえば、日々の生活に支障が出ることは無い。ゲームハードについても、購入したハードが普及せず、他のハードが覇権を握ったとしても、日々の暮らしに支障が出ることは無いだろう。ところが、「規模の経済」や「ネットワーク効果」の存在が、現代社会にとってとても深刻な問題となるのではないかという懸念を持つ人が増えてきている。

 「デジタル・プラットフォーマー」と呼ばれる巨大IT企業群をどう取り扱うかが、日本のみならず、米国・欧州共通の政策上の問題となっている。日本政府はプラットフォームを対象にした専門組織を構築し、その監視や調査・分析をする組織を作る事を検討している。ここで問題にされている巨大IT企業群というのは、GoogleやAmazon等の事である。人曰くこれらの企業は「私たちの生活とビジネスのルールを根本から変えつつあり、これからも変え続ける」のだそうだ。また、これらの企業を取り締まろうとする若手の台頭に対し、「米国のIT(情報技術)・通信の大企業が反トラスト(独占禁止)当局者の引き抜きに乗り出している。原文)」とされている。

 経済学で理解するところの巨大IT企業群※4は、「規模の経済」と「ネットワーク効果」を巧みに利用している所に特徴がある。彼らの「規模の経済」の源泉は、様々な分野の博士号取得者を数多く雇用する事で築き上げた知識によるサービス生産だ。彼らの「ネットワーク効果」の源泉は、ゲーム理論と統計学を駆使する経済学者によって力強く組み上げられる業務過程だ。

 「きのこの山」と「たけのこの里」をすばらしく効率的に作る機械を開発しても、クッキー・ビスケットやチョコレートの費用を無くすことはできないし、輝く才能を持ったスターの卵が他の人よりも早く上手く歌やダンスを身につける事ができたとしても、5分の歌とダンスを披露するには5分が必要だ。従来型の企業は容易に「規模の経済」の限界に到達してしまう。しかし、巨大IT企業で働くソフトウェアエンジニアの「規模の経済」は今だ限界に到達していない。

 Googleの基幹システムの構築を行ったジェフ・ディーン(ワシントン大学コンピュータサイエンスPh.D)には次のような伝説がある。
ジェフ・ディーンが2000年後半にキーボードをUSB2.0にアップグレードしたとき、彼がプログラム・コードを生み出す速度は40倍になった原文)」
USB1.0からUSB2.0に規格がアップグレードし、コンピュータとキーボードの間の転送速度が40倍になった事で、彼のコードを書く速度のボトルネックが解消されたという伝説だ。この伝説が生まれた背景には、ソフトウェア・エンジニアの間では並の人間と彼のコードを書く能力には数十倍では済まない差があると認識されていたこそ広まった伝説なのだろう。実際、数百人のチームが何ヶ月もかけて解決出来なかった問題を、一人のプログラマが一夜にして解決する事などソフトウェア界では珍しくない。さらに、コードをひとたび書けば、そのコードは世界中のコンピュータで同時に動かすことができる。一人の書いたコードが処理時間を1秒縮めた効果は、そのコードの利用者数が増えるだけ増えるのだ。つまり、利用者の多いソフトを提供している会社であればあるだけ、より優秀なプログラマを雇う事で大きな効果を上げることができるため、より優秀なプログラマを雇う誘因を持ち、より優れたサービスが提供されるようになるのである。

 巨大IT企業群は「ネットワーク効果」の使い方も巧みである。消費者に選ばれ続けるためには、消費者にとって最も魅力的なサービスであり続ける必要がある。GoogleやAmazonは自社が次に提供するサービスとして、既存のサービスのユーザにとって最も魅力のあるユーザを引きつけるようなサービスを見つけている。Googleが検索サービスだけの企業であったとき、Googleは検索連動型広告サービスを始めた。消費者にとって興味の無い広告が大きな割合を占めるテレビや雑誌の広告に対し、検索連動型サービスは入力したキーワードに関わる広告が表示されるため、消費者は関心のある事柄についての広告を目にする事ができる。企業も、自社の製品に興味を持ちそうな人に対して広告を表示することができる。これは消費者にも、広告主にも望ましい「ネットワーク効果」だ。続いてGoogleは「Map」「翻訳」「Youtube」「Android」など、様々なサービスを開発・買収してきた。世界のインターネット利用率はまだ40%台であるから、利用者数はまだまだ増えるだろうし、、インターネットを通じて消費されるサービスはまだまだ増えてゆくだろう。「ネットワーク効果」を通じたサービスの改善を続けるために、巨大IT企業群は次々と経済学者を雇用するようになっている。その先鞭となったのは、Googleだ。
 
 Googleはその黎明期である2002年にカリフォルニア大学バークレー校の経済学者であるハル・ヴァリアン氏をチーフエコノミストとして迎え、競争戦略の中核に関わる部分についての助言を受けている。ヴァリアンの『ネットワーク経済の法則(Information Rules)』はネットワーク効果を理解するための素晴らしい入門書であることは、彼をチーフエコノミストに迎えたGoogleの経営陣みならず、Amazonの設立者のジェフ・ペゾスも認めるところである。Microsoftも著名経済学者であるスーザン・エイシー氏をチーフエコノミストとして迎えているほか、Amazonは多数の経済学博士号取得者を雇い、数多くの経済分析を用いて事業構築を行っている事が知られている。Amazonの東京オフィスでもノースウェスタン大学・香港科技大学に勤めた渡邉安虎氏をシニアエコノミストとして迎え、日々の事業改善に向けた分析を行っている。

・巨大IT企業による覇権と経済学
 巨大IT企業が次々と魅力的なサービスを提供し、成長してゆく裏側には、敗者の存在もある。巨大IT企業の覇権拡大はインターネット上から始まった。Googleに検索サービスの覇権を奪われたYahoo!、ソーシャルネットワークの覇権を奪われたMyspace、携帯電話用インターネットプラットフォームの覇権を奪われたiモード※5が著名な負け組である。近年に入ると、巨大IT企業群の覇権拡大はインターネットの外の世界に飛び出した。AmazonやSpotifyに顧客を奪われ倒産してゆく書店レコード店たち、UBERに顧客を根こそぎ持って行かれたタクシー運転手たち。世界のトップ大学の講義を履修できるオンライン大学講座なんてのも登場している。この先も巨大IT企業に次々と既存企業が飲み込まれてゆくだろう。

 経済学者は企業が巨大である事が規制の根拠にはならないと考えている。また、巨大IT企業が次々と既存企業を飲み込み、負け組を作っていくことを規制すべきであるとも考えてはいない。※6しかし、組織が巨大であること自体が何かしらの悪影響を持つかも知れないし、政府による統治権を脅かし、経済の秩序を失わせることになるかも知れない。各国政府はそうした事への懸念から、何かすべき事は無いかと模索しているのだ。

 政府が何をすべきかを考えるツールとして、経済学は最も有益なツールのひとつだ。なぜなら、「巨大IT企業が経済学を武器に事業を構築している」。少なくとも相手と同じ武器を携えていなければ、戦いの土俵に上がることはできないだろう。また、これから起業家として、もしくは企業のマネージャーとして巨大IT企業と戦い、GoogleやAmazonを凌ぐ巨大企業を作るためにも、経済学は助けになるだろう。Googleを育てたハル・ヴァリアンのように、次の世界的企業を育てる経済学者がいつ生まれてくるのだろうか。これまで一時的に覇権を握って来たIT企業の多くは「規模の経済」と「ネットワーク効果」をより上手く使った新興企業に覇権を奪われてきた。ひょっとすると、次の革新は「規模の経済」と「ネットワーク効果」ではない性質の理解によってもたらされるのかも知れない。経済学を学び、世界の覇権を巡る競争を理解し、次の時代作りに参加する挑戦権を是非握って欲しい。巨大IT企業との戦いはまだ始まったばかりだ。ようこそ、このワクワクする経済学の世界へ。

※1 自分と他者が同じアイドルを支持する事で自己満足を感じる人もいるかもしれないが、そのような人がいなくとも「規模の経済」は機能する。
※2 人が食べているところを眺める事で生じる自己満足はあるかも知れないが、無くても「ネットワーク効果」は機能する。
※3世界ではそこそこ売れているXboxだが、日本で2018年にはようやく10万台を突破程度だそうだ。一方、Switchは2018年再度の一週に17万台、PS4は5.8万台とまさに桁違いの販売台数である。出典:メディアクリエイトhttps://www.m-create.com/ranking/index.html(2019年1月11日アクセス)
※4 GAFAとかFANGとかBATHとかMANTとかいろいろなグルーピングがある。僕はAmazon、Google、Microsoftの3社は他に比べて別格だが、その他は同じ土俵に登っていないし上りそうにも無いと思うのだが、10年後どうなっているか楽しみである。
※5 僕はiモードが駆逐されたのは、GoogleやAppleのサービスが優れていたからであって、彼らが優れていないにもかかわらず誤って成功したわけでは無い事を示した論文を書いている。
Toshifumi Kuroda, Teppei Koguchi, Takanori Ida, Identifying the effect of mobile operating systems on the mobile services market, Information Economics and Policy,2018.
※6 そうではない経済学者もいるかもしれないが、巨大IT企業の規制に直結した研究でノーベル賞を取ったジャン・ティロール氏はそのような考え方である。同士の一般向け著書である『良き社会のための経済学』は大変な良著である。

2018年12月21日金曜日

経済学部 特待生懇談会

東京経済大学には、一般入試・センター利用入試等の成績によって
最長4年間の授業料が免除される特待生制度があります。

この度、12月21日(金)のお昼休みに経済学部として初めて
特待生の1年生を囲んでの懇談会を開催しました。















南原学部長のご挨拶に続き、今年度より客員教授に就任された
モンスターエナジー・ジャパン代表の松本充弘先生から1年生に
熱いメッセージが送られました。















最後に、特待生の皆さんと大学や授業に対して意見交換をし、
閉会しました。

今年度は38名の特待生を経済学部にお迎えましたが、
今後も継続的に交流の機会を持てればと考えています。

経済学部 安田宏樹

2018年11月15日木曜日

【学問のミカタ】「科学的に証明された」健康に良い食品

経済学部の安田宏樹と申します。

全学部・センターコラボ企画である「学問のミカタ」、
今回は食品について考えてみたいと思います。

昨今、健康に対する関心の高まりを受け、さまざまな健康食、
あるいは健康食品がテレビやインターネット等のメディアを通じて
日々情報提供がなされていますよね。

 


しかし、本当に信頼性の高い研究成果を基に食品が紹介されているかというと、
必ずしもそうではないかもしれません。

というのも、ある食品を摂取することで健康状態が改善されるという
因果関係の特定は非常に難しい問題だからです。

この因果関係の特定に関して、最近では、経済学の分野においても
ランダム化比較試験などの分析方法を実施して、因果関係に迫る研究が
増えていますし、一般向けに書かれた良書も登場しています。

例えば、経済学部ブログでも以前紹介がありましたシカゴ大学の伊藤公一朗さんの
『データ分析の力』(光文社)は、昨年のサントリー学芸賞(政治・経済部門)、
日経・経済図書文化賞を受賞しました。

また、慶應義塾大学の中室牧子さんとUCLAの津川友介さんが書かれた
『「原因と結果」の経済学』(ダイヤモンド社)も昨年の週刊ダイヤモンド
2017「ベスト経済書」で第1位を獲得しました。

今回は、その津川友介さんが書かれた『世界一シンプルで科学的に証明された
究極の食事』(東洋経済新報社)を紹介したいと思います。

この本は、先程述べたランダム化比較試験を複数取りまとめたメタ分析を
「最強のエビデンス」と称し、メタ分析で得られた信頼度の高い研究成果から
得られた健康に良い食品について紹介されています。
(エビデンスレベルについては下図をご参照ください)




本書では、食品を以下の5つに分類しています(ここでいう「健康」とは、
病気になるリスクや死亡率を指しています)。


【グループ1】
健康に良いということが複数の信頼できる研究で報告されている食品
【グループ2】

ひょっとしたら健康に良いかもしれない食品。少数の研究で健康に良い
可能性が示唆されている。
【グループ3】

健康へのメリットもデメリットも報告されていない食品。
【グループ4】

 ひょっとしたら健康に悪いかもしれない食品。少数の研究で健康に悪い
 可能性が示唆されている。
  【グループ5】

 健康に悪いということが複数の信頼できる研究で報告されている食品


気になるグループ分けですが、グループ1に分類された食品のみ紹介します。

① 魚
② 野菜と果物
③ 茶色い炭水化物
④ オリーブオイル
⑤ ナッツ類


茶色い炭水化物というのは、精製されていない炭水化物のことで、上記5点が
健康に良いことが複数の信頼できる研究で報告されている食品とのことです。

●フルーツジュースはどこに分類されるのか?
●健康に悪い食品というグループ5にはどのような食品が含まれているのか?

気になる点はいろいろとあるかと思いますので、関心のある方は
是非、本書を手に取っていただければと思います。


参考文献

伊藤公一朗(2017)『データ分析の力』光文社.
中室牧子・津川友介(2017)『「原因と結果」の経済学』ダイヤモンド社.
津川友介(2018)『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』東洋経済新報社.

2018年9月17日月曜日

【学問のミカタ】η > δ:習慣は目先にまさる


経済学部の浄土渉と申します。今年度、執筆者の一人として加わることになりました。どうぞよろしくお願いいたします。

トマ・ピケティの数式
 早速ですが、フランスの経済学者トマ・ピケティが著書『21世紀の資本』で示した次の数式を見たことがあるでしょうか。


r > g
(資本収益率 世界産出の成長率)


ピケティは自らの研究で、古代から2千年にわたる上記の時系列データを発掘し、r > gという関係が、ほぼすべての時期において成立していることを明らかにしました。

そして彼は、上記の歴史的事実に基づき、資本を持たない者はいくら懸命に働いても、相続等によってすでに資本を持っている者に追いつくことはできないという資本主義社会の不都合な真実を世に訴えたのです。

この本が専門書であるにも関わらずベストセラーになったのは、当時から所得格差が問題視されていたこともありますが、r > gのように、わずか2文字で格差の発生メカニズムを示したこともその理由として大きかったと思います。 

・消費の習慣と目先の消費
 そこで今回は、簡単な数式から経済の本質を示した他の研究を紹介します。恐縮ですが、5年ほど前に私が発表したものです。 

その研究では、消費の習慣形成というモデルから、次の数式を提示しました。

η > δ
(控え目な消費の習慣 目先の消費)

 左辺の η(イータ)は、控え目な消費を習慣的に続けようとする性向の強さであり、右辺の δ(デルタ)は時間選好率と呼ばれ、目先の消費を求める性向の強さを表しています。

 したがって、上記の数式は、控え目な消費を習慣的に続けようとする性向の強さが、目先の消費を求める性向の強さよりも上回っていることを示しています。

ここで読者の皆さんは、「だから何なの?」と思われたかもしれませんが、この数式が成り立つと、ある重要なことが説明できるのです。

 ・景気回復の実感と η > δ 
 日本銀行による異次元の金融緩和は2013年4月に開始され、それにより日本の景気は持続的向上を実現しました(注1)。失業率は改善し、株価も上がり、消費も緩やかながら回復しました。そして何よりも、物価の下落と円高に歯止めがかかりました。

しかし不思議なことに、日本国内では依然として、景気回復の実感がわかないとする人が多いように見受けられます。

これはいったいどういうことでしょうか。

実は結論から言うと、このような景気と実感のギャップを説明できるのが、消費の習慣形成モデルから導かれた上記の数式(η > δなのです。

・消費の習慣形成モデル
 そもそも消費の習慣形成とは、端的に言えば「積極的な消費は将来の消費の満足度を下げてしまう」というものです。
 
 もう少し詳しく説明すると、今から積極的な消費に切り替えたとしても、初めのうちはそれにより豊かさを享受できるのですが、時間が経つにつれてそれに慣れてしまい、将来はもっと多くの消費をしないと当初と同じ満足感が得られなくなるということです。
 
 そして、人々はこのような異時点間の消費の影響を織り込んだ上で、生涯にわたる消費パターンを合理的に決定すると考えるのが、消費の習慣形成モデルといわれるものです。

・従来のマクロ経済モデル
 ところが、目先の消費を求める性向(=δ)だけを考慮した従来のマクロ経済モデルでは、現在の消費が将来の消費の満足度に影響するとは考えず、人々は将来の価格動向だけを見据えて、生涯の消費パターンを合理的に決定すると想定してきました。

このようなモデルでは、目先の消費を求める性向(=δが大きい場合、政府がより多くの消費を促すような金銭的動機付けを与えると、人々は喜んでその要請に応じることになります。

したがって、従来のマクロ経済モデルでは、お金を増やす金融政策は、生産と消費を増やし、人々の幸福感を向上させるという結果になるのです。

そのため、従来のマクロ経済モデルからは、消費や雇用が増えたにも関わらず景気回復の実感が乏しいという現象は、どうしても説明がつかないのです。

・消費の習慣形成と金融政策
 一方、消費の習慣形成モデルでは、先ほども説明したように、現在の消費行動は、消費の習慣形成を経由して、将来の消費の満足度に影響すると想定します。

この消費の習慣形成の考えを従来のマクロ経済モデルに導入すると、ぜいたくな消費は無意味となり、人々は控え目な消費習慣を志向するようになります(ぜいたくな消費は時間が経つと慣れてしまうので)。

また、このような消費の習慣形成を考慮したモデルでは、インフレが予想されたとしても、人々は素直にそれに応じて目先の消費を増やすとは限らなくなります。

そして、何より重要なことは、控え目な消費を習慣的に続けようとする性向の強さがどの程度以上であれば、目先の消費を増やすことに抵抗や不満を感じるかということであり、その基準を示したのが、η > δ という数式なのです。

この数式のメッセージは、控え目な消費を習慣的に続けようとする性向の強さ η が目先の消費を求める性向の強さ δ を上回ると、消費や雇用を増やすとしても、またインフレや円安をもたらすとしても、お金を増やす金融政策は人々の幸福感を逆に下げてしまうということです。

言い換えると、お金を増やす金融政策は、η > δ のもとでは、人々に無理強いして消費を増加させる手段に変わるということです(注2)

以上が、私が論文で示した η > δ の経済的意味です。

η > δ に関する実証研究
 それでは、 η > δ という数式は、実際のデータによって裏付けられているのでしょうか。

幸いなことに、 η δ 値を推定した研究はすでに存在しています。

海外のケースですが、消費の習慣形成の強さである η の推定値は0.80.9と出ており(Fuhrer (2000))、目先の消費性向の強さである δ の推定値は0.080.19となっています(Lawrance (1991), Samwick (1998), Trostel and Taylor (2001))。

η の推定値:0.80.9
  δ の推定値:0.080.19

これらの実証研究から分かることは、現実の世界においても、η の値は δ を常に上回っているということです。控え目に見積もっても、 η δ の4倍以上の大きさになっています。

したがって、お金を増やす金融政策が消費や雇用を増やすにも関わらず人々の幸福感を逆に下げてしまうという理論的帰結は、実証面からも妥当性をもつといえそうです。

・おわりに
 これまで日本では、失業率が歴史的低水準であるにもかかわらず景気回復の実感が乏しいといわれてきました。

その理由として、思うように伸びない賃金収入、非正規雇用の増加、地方経済の衰退、高齢化の進行とそれが引き起こす社会保障問題等が挙げられてきました。

しかし以上の研究結果から、もしかしたら大胆な金融緩和政策によって人々の控え目な消費習慣が乱されたことが、景気回復の実感のなさを説明する本質的要因であったのかもしれません。

言い換えれば、日本人はもともと控え目で質素な生活を好み、これからもそういう生活を望んでいたところに、突如としてインフレをもたらす金融政策によって目先の消費を増やすことを余儀なくされたことが、日本で景気回復の実感が生まれない本質的理由であったのかもしれません。

注1)「異次元緩和 黒田総裁主導で13年4月開始(きょうのことば)」日本経済新聞2016130日朝刊p.3
注2)ここでの「無理強いして」とは、例えば、これまで1日1袋のポテトチップスで日々満足し、これからも1日1袋を食べていこうとしている人々に、1日2袋のポテトチップスを食べることを強いることと言い換えることができます。もちろん、消費の習慣形成の存在を否定するならば、1日1袋より1日2袋を消費できる方が、食べる側の幸福感は即座に高まります。消費の習慣形成のない世界でも、消費のせっかち度を表す時間選好率 δ は存在しているので、食べる量が急に増えるほど幸福感が高まるからです。

 参考文献
  • トマ・ピケティ(山形浩夫ほか訳)(2014)『21世紀の資本』みすず書房
  • 日本経済新聞2016130日朝刊3ページ
  • Fuhrer, J.C. (2000) “Habit formation in consumption and its implications for monetary-policy models”, American Economic Review, Vol. 90, pp. 367-390.
  • Johdo, W. (2013) “Does monetary expansion improve welfare under habit formation?”, Economics Bulletin, Vol. 33, pp. 1959-1968.
  • Lawrance, E.C. (1991) “Poverty and the rate of time preference: evidence from panel data”, Journal of Political Economy, Vol. 99, pp. 54-77.
  • Samwick, A.A. (1998) “Discount rate heterogeneity and social security reform”, Journal of Development Economics, Vol. 57, pp. 117-146.
  • Trostel, P.A. and G.A. Taylor (2001) “A theory of time preference”, Economic Inquiry, Vol. 39, pp. 379-395.

2018年7月19日木曜日

【学問のミカタ】復興支援の経済学

 昨年に引き続き経済学部ブログの担当となりました黒田です。今回は寄付の経済学と呼ばれる分野などから、復興支援について経済学研究をもとに考えてみたこと、調べてわかったことを記します。長い文章を読むのが辛い人は以下のまとめを参照して、興味のある所を読んでみてください。

1・受け手は送り手が思っているほどものを欲していないのでお金を送ろう
2・復興ボランティアには被災者の雇用を優先してなお人手が足りないときに参加しよう
3・意外にも街頭募金活動がとても有益なことがある

 2018年7月の豪雨では、2018年7月19日現在で200名以上の死者が出た事が知られています。(注1)人的・物的な被害も大きく、まだこれから全国で数十万人のボランティアが必要とされているそうです。

 災害が起きたとき、だれが、何を、どれだけ失うかはそれまでの備えによってある程度制御可能です。しかし、自然の力を制御する技術には限界が有り、しばしば限界を超えた自然現象が大きな被害をもたらします。災害を予防する努力は極めて重要ですが、起きてしまった災害に対して事後的な復興支援を行うことも必要でしょう。

 被災地の人のために何かをしたい、という他の人への思いやりをより良く実践するために、経済学の知見はどのように活かせるでしょうか。支援をするための活動として、モノを送る、お金を送る、ボランティアとして現地に向かう、などがよく挙げられます。それでは、受け手にとって、もっとも望ましいのはどの活動になるでしょうか。

1・受け手は送り手が思っているほどものを欲していないのでお金を送ろう
 経済学の理論では、人々は一人一人それぞれの好みを持っており、その好みに基づいて行動していると考えます。一人一人の好みは異なっているので、物品についての好みも様々です。ある人があげたいと思うものが、受け手にとってもっとも欲しいものであることを、経済学ではしばしば「欲望の偶然の一致」と呼び、これが成立する場合は必ずしも多くない事が知られています。人々が物々交換を行うよりも、お金を仲介した方がより多くの取引機会が生まれることがお金の機能として知られており、貨幣が世界中で利用されるようになっていったことをしばしば説明するのに用いられます。
 一方、寄付のような一方から他方への譲渡の場合、相手にとって送られたものの価値が0で無ければ無いよりはましなのですが、送り手にとっても、受け手にとっても、できればよりましなものを送りたいという望みがあるはずです。
 ワルドフォーゲルによる研究(Waldfogel, 1993)では、クリスマスプレゼントの送り手の購入額と比べた受け手の感じる金銭的価値は親から子供へのプレゼントで86.5%、友人間では98.8%、全体の平均では83.9%となっているそうです。親子や友人のような親しい間柄でさえも、受け手にとって100%の価値を感じているプレゼントができないのであれば、遠くの何処かの被災地の人がもっとも喜ぶものを選ぶのはなかなか困難なのではないでしょうか。また、仮に欲望の偶然の一致が生じたとしても、被災地の物流が機能しており、送り手と同じ値段でものを買うことができるのであれば、お金を送っていれば同じものを買うことができます。お金を送っていれば、欲望の二重の一致が起きている場合と受け手は同じものを得る事ができ、かつそうでは無いときには別のものを買うことができるのです。(注2)
 また、現地に物品を送る場合の輸送経路が混雑するという問題も挙げられます。しばしば自然災害によって、道路や鉄道などの交通網が被害を受け、被災地への輸送可能量が低下する場合があります。輸送量が十分には無い場合、現地にとって必要なものが優先的に送られるよう何らかの制御を行わなければ、必要なものが届けられない事態が生じます。

 このような場合には、輸送可能量のような制限のあるものに対して、価格メカニズムを利用したよりよい物品配送優先度の割り当てを考える事ができます。民間企業が限られた輸送路で物品を現地に送って販売する場合、現地にとって優先度の高いものは高い通行料を支払ってでも現地で高い価格で販売する事ができるでしょう。このような場合、輸送可能枠をオークションで競りにかけることによって、現地で必要とされているものを優先的に届けることができるでしょう。また、善意で送られた物品についても、受け手が欲しいものについて優先的に送って貰う権利を入札することで、同様により必要とされているものを優先的に届けることができるようになるでしょう。そして、この競売によって得られた収入は、お金が足りていない被災者に配ればよいでしょう。
 しかし、輸送経路にはある地点から他の地点を結ぶ複数のルートが存在し、それらのルートは一つ一つの個別の道路をさまざまに組み合わせたものになるでしょう。このような複数のものを組み合わせたときに意味を成すものを売るためのオークションはやや複雑になるため、入札から落札までに数日以上の期間をかけた入札が行われています。迅速に被災地に物品を届けるためには数日間をかけたオークションで輸送経路の利用権を売買するわけにはゆきません。輸送可能量の制限を価格メカニズムで解決するためにはもう少し経済理論の発展が必要なようです。(注3)

 2018年7月13日のAERAdot.に『「モノ送るならお金送って」支援物資で被災地から悲鳴? モノがあふれる西日本豪雨被災地』という記事が掲載されました。この記事によれば、物資を送られても既に十分なものがある場合や、量や質がバラバラなものを送られても困るという受け手の事情、「お金が一番です」という率直なコメントが載せられています。経済学の理論と、被災地の実感は、共にお金を送って欲しい、ということのようです。同記事には義援金の取りまとめをしている団体の情報なども記されています。

2・復興ボランティアには被災者の雇用を優先してなお人手が足りないときに参加しよう

 それではボランティアとして被災地に向かう事はどうでしょうか。先に述べたモノを送る事と、ボランティアとして被災地に行くことはほぼ同様に考える事ができます。被災地に向かった人が、被災地で必要とされている労働を、たまたま提供できる二重の一致が成立すれば、ボランティアは有益な貢献をする事ができます。一方、被災地にもボランティア活動に参加可能な人はおり、本当に外部からの人が必要なのかは外部の人にはわかりません。現地にお金があれば、現地で被災して職場を失った人を復興業務に従事するしてもらうことで給料を支払う事ができます。
 このような現地の方を雇用する事で支援するアプローチは「キャッシュ・フォー・ワーク」「ワークフェア」などと呼ばれ、中川(2011)によれば、東日本大震災後には「緊急雇用創出事業」において「避難所における子どもの一時預かりや高齢者の見守り、避難所や被災地域のパトロール、がれきや漂流物の仕分け・片づけ、高齢者宅の片づけ支援、被災地域の環境美化、まちづくりのための植栽」などが被災者を雇用する職として政府による予算が設定されたそうです。また、東日本震災における「緊急雇用創出事業」の結果を評価した永松(2016)によると、2013年3月までに岩手・宮城・福島の3県で59,320人の雇用が行われたそうです。(注4)また、NPO法人などでもそのような活動を通じて被災者の支援を行うケースがあります。
 それでは、ボランティアに行かず、アルバイトをして、お金を現地に送るのが被災者に取ってかもっとも好ましい選択になるのでしょうか。実は、ボランティア活動にはお金による支援よりも好ましい結果をもたらす可能性があります。経済学では人間は一人一人の好みに応じて行動を決めると考えます。このとき、人間の好みには金銭に換算可能な私的な利害に基づく動機と、他者への思いやりや社会正義に対する好みのような金銭とは異なる動機がある事が知られています。そして、この二つの動機はそれぞれ独立しているのでは無く、一方が他方を打ち消してしまう場合がある事が知られています。グニージーとラスティチーニは、学力テストや募金活動に応じて、金銭的報酬無しに参加させた場合と、成果に応じた様々な額の報酬を与える場合を比較し、一切報酬を与えない場合が少額の報酬よりもより参加者の成果が高くなる事を示しています(Gneezy and Rustichini, 2000)。このような、金銭的な動機が他の動機を打ち消してしまう現象は様々な状況において確認されており、お金を使わないボランティアを集めた方が、お金を使うよりもより多くの活動をしてもらえる場合があります。つまり、お金で雇える労働量よりも、ボランティアが直接働く労働量の方が多くなるかもしれません。(注3)

 必要とされている労働量がお金で賄える量を超えている場合、お金による支援のみならず、直接労働力を提供するボランティア活動を行う事には経済学の知見からも良い結果をもたらす可能性があります。それでは、今回の豪雨による災害ではどれだけのボランティアが必要とされているでしょうか。
 日本では、外部からのボランティアが必要とされているかどうかを、全国社会福祉協議会という組織がとりまとめています。この記事を執筆している7月19日時点でも、岡山県、広島県、愛媛県の幾つかの地域でこれからも全国から多数のボランティアを求めているとの情報が掲載されています。一方、市区町村内、県内などに限定してボランティアを受け付けている地域もあります。同協会の掲載している7月13日付けの『被災地でのボランティア活動を希望されている方々へ』には、今後全国で数十万人のボランティアの協力が必要な状勢とされています。

 数十万人のボランティアを賃金を支払う労働力として雇うには、相当な予算が必要になりそうです。同記事をよく読んだ上で、必要とされている活動ができるということがわかったときには、これからボランティアとして被災地に向かうのも良い支援となるのではないでしょうか。

3・意外にも募金活動がとても有益なことがある

 最後に、募金活動について事例を元に考えて見たいと思います。募金活動については、お金を集めるためではなく、募金活動を通じて支援が必要な人がいることを知ってもらうという目的もあります。一方で、今回の豪雨による被災者の存在はマスメディアの報道を通じて広く知られており、募金活動を通じて支援が必要なことを知ってもらう活動はそれほど必要がなさそうです。では、「お金を集める」という観点だけから募金活動はどう考えられるでしょうか。
 募金活動を「お金を集める」ために行うときに検討すべきなのは、同じ時間を費やしたときにもっとも多くのお金を集められる活動は何か、という事でしょう。
Google検索で調べて見たところ、東日本大震災後に大阪YMCAが行った募金活動について、活動人数・時間・金額の記録が見つかりました。
 これによると、募金活動一人一時間あたり最も多くお金が集まったのは2011年3月13日の茨木における活動で、16人が一時間活動したところ、15万4千円のお金が集まったそうです。この金額ですと、時給1万円に近い金額となり、多くの人にとって一時間で集められるお金としてはかなり大きいものになっています。しかし、後になるとだんだんとお金の集まりは悪くなり、一人一時間で1000円程度まで下がっているようです。
また、直近の活動では2018年3月11日に東京YMCAがJR高田馬場駅前で街頭募金を行ったところ、50人が四時間活動して、129,500円の募金額を得たそうです。一人一時間で650円弱ですから、この場合はアルバイトをして得た給料を寄付した方が良さそうです。

 東日本大震災の例を見ると、災害後の早い時点であれば募金活動に参加することには一定の意味がありそうです。また、ボランティア活動は低い給料よりもより多くの労働を引き出すことがあります。もし、働いて得たお金を寄付するのは嫌だけれども、募金活動になら参加してみても良いと思う方は、募金活動に参加してみるのも良いかもしれません。ただし、募金活動を行う際には、それが詐欺では無い事、きちんとお金をどう利用したかの結果を知らせることなどを行う事が多くのお金を集めるためにも、寄付者に対する責任を果たす上でも望ましいとされています。街頭募金を行う上での注意点を日本ファンドレイジング協会がコンパクトに纏めていますので、募金活動を立ち上げたり、活動に参加する前によく読んでおくとよいでしょう。また、こうした原則を守れるかがよくわからない場合には、よく知られた団体の活動に参加するなどが良いかもしれません。

※2018年7月21日追記
東京YMCAによる7月18&19日の高田馬場駅前街頭募金は、45名が5時間で18万7千円、時給834円と最低賃金を下回る寄付額だったようです。アルバイトをして現金を送る、ボランティアとして現地に向かう、辺りが良い候補になりそうです。

 以上、復興支援で何をしたら良いのかについて、経済学の知見とエビデンスを元に検討してみました。私は学生時代にはボランティアをするよりも、よく勉強し、将来より多くのお金を稼げる力を身につけてから、その時に多くのお金を募金する、もしくは日頃から多くの税金を払い、いざというときに政府がより多くの支援を行えるよう支援する事が結果的にはもっとも多くの支援をする事に繋がるのではないかと考えています。しかし、自分で学生時代にユニセフクラブの活動に参加する事を通じて得た経験は、その後の学習意欲を高めたり、様々な知見を得る事に繋がりました。この記事を書くのに関連した文献なども、学生時代のボランティア活動が無ければ知る事が無かったものが含まれています。この記事が、皆さんが持っている復興支援をしたいという思いが、これまでの、そして将来ありうる災害による被災者にとって、もっとも望ましい選択に繋がることを期待しています。

注1 内閣府『平成30年7月豪雨による被害状況等について』平成30年7月18日版の情報に基づきます。
注2 この研究を含んだ本が日本語訳されています。ジョエル・ウォルドフォーゲル著矢羽野 薫訳(2009)『プレゼントの経済学―なぜ、あげた額よりもらう額は少なく感じるのか?』プレジデント社)
注3 複数のものを組み合わせる場合に利用されているオークションには同時多数回オークションがあります。このオークションはだれも入札額を変更しなくなるまで何度も入札を繰り返すため、結果が出るまでに時間がかかってしまいます。現代では経済理論とコンピュータサイエンスの発展により、一回の入札で効率的な割り当てを可能な一般化ヴィックリー入札というものが実装可能ではないかと考えられています。しかし、これまでこのメカニズムを実際に利用して利用して公的な資源配分が実施された例は私の知る限りはありません。
注4 金銭的動機とその他の動機の関係については、ボウルズ『モラル・エコノミー』NTT出版がよくまとまっています。

参考文献
中川秀空(2011)『被災者の生活支援と雇用対策の現状と課題』レファレンス
永松伸吾(2016)『東日本大震災における緊急雇用創出事業の意義と効果の検証』全労済協会
Gneezy, U., & Rustichini, A. (2000). Pay enough or don't pay at all. Quarterly Journal of Economics, 115(3), 791-810.
Waldfogel, J. (1993). The Deadweight Loss of Christmas. American Economic Review, 83(5), 1328-1336.

投稿者:黒田敏史

2018年6月12日火曜日

ミライガク2018

経済学部の安田です。

先日、6月9日(土)に高校生のための体験型進学イベント「ミライガク」へ
ゼミ生とともに参加しました。



発表はゼミ生が担い、今年度のゼミのテーマである「男女差の経済学」に
関する発表を4回行いました。

発表はゲーム形式を交え、特に交渉力の重要性を謳う発表をメインに
行ってくれました。



発表したゼミ生も、

「高校生の前での発表はとても楽しく、とても大変で、良い経験になりました」

「貴重な体験をさせていただいて以前の自分より少しは成長できたかと
思います。これからのイベントにも積極的に参加したいと思っています」

などと感想を述べてくれました。

経済学や東京経済大学の魅力を少しでも伝えることができたとすれば
うれしい限りです。

次のイベントは、8月のオープンキャンパスですね。

受験生の皆さん、是非、一度国分寺キャンパスに足を運んでいただければと
思います。


2018年5月14日月曜日

【学問のミカタ】日本人の長時間労働の背景


経済学部の安田宏樹と申します。今年度も経済学部ブログに携わらせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。


全学部・センターコラボ企画、「学問のミカタ」、今回は日本人の長時間労働の背景について考えてみたいと思います。


現在、国会ではいわゆる「働き方改革関連法案」が協議されていますよね。「働き方改革関連法案」の中でも長時間労働の是正は大きなテーマになっていると思います。


そこで、今回は労働時間に関する研究をご紹介したいと思います。


まず、基本的な統計である日本人の労働時間を確認しましょう。主要先進諸国の一人当たり平均年間総実労働時間を見ると(表1)、日本の労働時間は2015年で1719時間となっており、1995年の1884時間から20年間で165時間ほど労働時間が短くなっていることが分かります。


1:一人当たり平均年間総実労働時間


日本
アメリカ
カナダ
イギリス
ドイツ
フランス
イタリア
オランダ
1995
1,884
1,844
1,775
1,731
1,528
1,605
1,856
1,479
2000
1,821
1,836
1,779
1,700
1,452
1,535
1,851
1,462
2001
1,809
1,814
1,771
1,705
1,442
1,526
1,838
1,452
2002
1,798
1,810
1,754
1,684
1,431
1,487
1,827
1,435
2003
1,799
1,800
1,740
1,674
1,425
1,484
1,816
1,427
2004
1,787
1,802
1,760
1,674
1,422
1,513
1,815
1,448
2005
1,775
1,799
1,747
1,673
1,411
1,507
1,812
1,434
2006
1,784
1,800
1,745
1,669
1,425
1,484
1,813
1,430
2007
1,785
1,798
1,741
1,677
1,424
1,500
1,818
1,430
2008
1,771
1,792
1,735
1,659
1,418
1,507
1,807
1,430
2009
1,714
1,767
1,701
1,651
1,373
1,489
1,776
1,422
2010
1,733
1,778
1,703
1,650
1,390
1,494
1,777
1,421
2011
1,728
1,786
1,700
1,634
1,393
1,496
1,773
1,422
2012
1,745
1,789
1,713
1,654
1,375
1,490
1,734
1,413
2013
1,734
1,787
1,707
1,666
1,362
1,474
1,720
1,415
2014
1,729
1,789
1,703
1,677
1,366
1,473
1,719
1,420
2015
1,719
1,790
1,706
1,674
1,371
1,482
1,725
1,419

(出所)労働政策研究・研修機構『データブック国際労働比較2017

また、日本の労働時間は他の先進諸国と比較して非常に長いとはいえない状況であることが分かります(ドイツ、フランス、オランダは短いですね)。しかし、これは全就業者の平均的な数値ですので、日本のようにパートタイマーやアルバイトなどの短時間勤務の方が多いとフルタイム就業者の長時間労働問題が隠れてしまうことが知られています。

そこで、次に週50時間以上働く雇用者(長時間労働者)の割合を見てみましょう(図1)。日本では就業者の21.9%が週に50時間以上働いており、OECD平均を大きく超えていることが見て取れ、確かに長時間労働という問題は存在していることが分かります。


1:長時間労働者の割合(国際比較)


(出所)厚生労働省『平成29年版 労働経済の分析』

日本の労働時間の国際的な特徴として、「平均すると突出して長時間労働とはいえないかもしれないが、週に50時間を超えて働く人が多い」といえそうです。


では、日本人は働くことが好きなのでしょうか。ここからは慶應義塾大学の山本勲教授と早稲田大学の黒田祥子教授の興味深い研究をご紹介したいと思います。お二人の先生は200910月から20101月にかけて『日系グローバル企業転勤者調査』という独自のアンケート調査(とインタビュー調査)を実施しました。


問題意識は明快で、欧州(イギリス・ドイツ)に転勤した日本人の労働時間を調査し、転勤前後の労働時間の変化を観察することで日本人は働くことが好きなのかどうかを実証しています。簡単にいえば、働くこと自体が好きなのであれば日本よりも周囲の労働時間が短い欧州に赴任しても労働時間は日本で働いているときとあまり変わらないでしょうし、日本特有の風土が労働時間に影響しているのであれば、欧州への赴任によって労働時間は短くなると考えられます。







分析結果を見ると、欧州赴任後の日本人労働者の労働時間は平均で5.2%減少していることが分かりました。特に、「現地採用の非日本人の同僚やクライアントと仕事で関わる割合」が8割を超える日本人は、日本で働いていた時と比べ17.4%も労働時間が減っていることが観察されました。


ここから、日本人は単純に働くことが好きであるというよりも日本国内の仕事を取り巻く環境や風土が労働時間に大きな影響を与えていた可能性がうかがえます。欧州流の休暇の取り方や仕事の取り組み方を取り入れることで日本の労働時間も変わるかもしれませんね。



それでは、最後に、インタビュー調査から得られた日本の長時間労働の原因と感じている要因についてご紹介したいと思います。


・重要案件を通すための関係者への根回しが多く必要とされる

・会議に不必要に多くの人が参加する

・管理職に十分な権限が委譲されていない

・会議の検討資料が詳細でレイアウトも凝った美しい資料が準備される

・遅くまで仕事をしている部下を賛美する

・上司が残っていて帰りにくい雰囲気がある


日本人の長時間労働を是正するための多くのヒントが隠されていますので、もし興味がおありの方は参考文献をお読みいただければと思います。


参考文献

山本勲・黒田祥子(2014)『労働時間の経済分析―超高齢社会の働き方を展望する』日本経済新聞出版社.