2016年12月20日火曜日

取引費用とノーベル経済学賞

12月のブログを担当する野田です。よろしくお願いします。

12月のテーマはノーベル賞ということで、ノーベル経済学賞に関連させつつ、経済学の考え方を紹介したいと思います。

結構知られていることですが、ノーベル経済学賞は通称で、正式名は「ノーベル記念経済学賞」といいます。ノーベル経済学賞はノーベル賞のひとつではないと主張する人がいますが、それはあながち間違っていません。とはいっても、ノーベル経済学賞は経済学関係で最高峰の賞であることには変わりなく、この賞を受賞した研究者は学問の発展に寄与してきました。

歴代の受賞者のなかで今日取り上げるのは、1991年に受賞したロナルド・コース(Ronald H. Coase)です。彼は1910年に生まれ、2013年に没しました。ふたつの世界大戦を経験し、103歳という長寿をまっとうした人でした(顔写真はこのブログに直接あげられないので、このHPをみてください)。

コースは経済学だけでなく、政治学や産業組織論、経営学まで、実に幅広く影響を与え続けた偉大な研究者です。とくに彼を有名にしたのが、取引費用(transaction costs)という概念を開発したことによります。

経済学は、われわれは損得勘定でモノゴトを選択すると考えます。このケーキおいしそう、宿題やめようなど、日常生活のなかで、皆さんは損得勘定を瞬時に計算し、何をするのかを決めているのです。経済学の用語では、損を費用、得を効用といいます。そのうえで経済学は、総効用から総費用を引いた「純効用」を最大にするように、わたしたちはモノゴトを選択するとみなします。


この考え方は、現代経済学の骨格をなしている、とても重要なものです。より現実を説明するために、コースはこの伝統的な考え方に取引費用を追加することで、修正を加えたのです。ラーメン好きの人にとってみれば、並んでも食べたいお店があるはずです。この「並んでいる」というのがミソになります。つまり彼女は、ラーメン代という費用とともに、行列に並ぶ労力や時間も費用として負担し、そのうえでラーメンを食べることを選択したのです。後者の費用が、ひとつの取引費用となります。

いわれてみれば当たり前ですが、コースはこの点に気がついたので、ノーベル賞を受賞できたのです。このように日常生活をよくみると、この取引費用として説明できる事象にあふれていることに気がつくでしょう。周りを見渡して、ぜひ、取引費用を発見してみてください。(経済学部准教授 野田浩二)

経営学部:【学問のミカタ】ノーベル賞のプロモーション効果
コミュニケーション学部:【学問のミカタ】ディランのノーベル賞騒動で思ったこと



2016年11月28日月曜日

数字で伝わるもの、数式で伝わるもの




全学部コラボ企画、「学問のミカタ」、2016年度11月を担当する石川です。今月のテーマは「言葉」です。突然ですが、格闘漫画を読んでいて、以下のようなセリフに出会ったことはありませんか?
 
「次の対戦相手、まとっているオーラが半端ないぜっ!」
 
このセリフにどのような印象を持つでしょうか?次の対戦相手との戦いにセリフのキャラは勝てそうですか?
 
では、次のようなセリフはどうでしょうか?
 
「ばかなっ!次の相手の戦闘力、俺様の30000パワーを上回る50000パワーだとっ…!」
 
 この場合、セリフのキャラは相手に勝てそうですか?
 
 
もちろん、漫画のストーリーによって、どちらの場合でも、セリフをしゃべったキャラが勝つ場合も負ける場合もあります。しかし、一つ目のセリフからは、そのキャラと対戦相手のどちらが強いのか自体推測できないのに対し、二つ目のセリフの場合、少なくとも真正面からたたかった場合、セリフのキャラよりも対戦相手の方が強いことが推測されます。なぜなら数字の比較で大小が明確だからです。これが数字が言葉として持つ力です。
 
 経済学では、現実の経済状態を認識、表現するために数字を用いるため、数字は極めて重要な役割を果たしています。というのも、現実経済は、膨大な人々の膨大な行動によって形成されており、非常に複雑です。そのため、その状況を出来る限り的確にとらえようとした時、曖昧な言葉での表現より、数字での把握が極めて効果的になるのです。
 
例えば、今の日本の景気や就職状況について、語る場面においても、
 
 「日本全体の景気は、よくなってきているけれども、それがなかなか家計にまで行き届かない現状です。」
 
 「リーマンショックの時期に比べ、最近の就職活動の状況はかなり改善してきています。」
 
などといった表現をニュースで聞いたとしても、それを本当に鵜呑みにしていいのかわからないし、また、それがどの程度なのかの把握は難しいです。しかし、
 
 「2011年以降の5年間で、日本の実質GDPは年平均0.66%で成長しており、2015年度において529.4兆円[1]となっている。これは、アメリカ、中国に次いで世界第三位となっている。その中で、企業の経常利益は年平均9.5%改善、設備投資も年平均5.24%上昇してきているが[2]、労働者の所定内給与(残業手当などを除いた給与)は、年平均0.5%しか成長しておらず[3]、家計の最終消費支出も年平均0.38%で2014年度、2015年度に関しては前年比がマイナスとなっている。[4]
 
 「2009年度0.45倍だった有効求人倍率は、2015年度には1.23倍となり[5]、同じく2009年に5.1%だった完全失業率(就職を希望する者の失業率)は、2015年には3.4%まで改善している。[6]
 
 と数字が挙げられると、その根拠やどの程度の大きさなのかも明確にイメージできます。もちろん、これらの数字が説得力を持つのは、しっかりとした調査に基づく数字であることが大きいですが、と同時に、しっかりとした調査が言葉でなく、数字でまとめられているからこそ、他の時期との変化率を求めたり、他国との比較が出来、より的確な実態の把握が可能となっているのです。グラフで表現できるのも数字の強みです。
 
 
 また、経済学において、人の経済的な意思決定、行動をモデル化し、その行動をシミュレートしようとする際には、今度は数字ではなく、数式が用いられます。端的な例をあげると、買い物や消費に関する意思決定に関し、
 「人は自身の所得の範囲内で、自分が最も満足できるように買い物や消費を選択するだろう」
という意思決定方式を想定した場合、上のように言葉で表現するのではなく、「買い物の選択に応じた満足度を表す関数(効用関数)」というものを数式表現した上で、この意思決定を、「この効用関数に関する、所得を制約式としたうえでの最大化問題」と表現します。
 
 数式が苦手な人にとっては、頭の痛くなる話かもしれませんが(苦笑)、こうすることで曖昧性を排除した理路整然とした考察が可能となります。
 
 こうした数字や数式を用いた表現は、経済学以外にも、他の科学、そして実社会のビジネスや政治などあらゆるところで多用されています。まさに現代においては「数字こそが世界共通の言葉」と言えるかもしれません。すなわち、数字や数式は決して、試験問題を解くためだけの存在なのではなく、自身や社会の状況を表現するのに、とても便利な表現方法なのです。
 
 もちろん世の中には数字での表現が難しい大切なことも山ほどあります。その意味でも、現代は、数字に振り回されるのではなく、数字を無視するのでもなく、数字を的確にとらえられる力が求められているのではないでしょうか。
 
 
 
投稿者 石川雅也




[1] 内閣府の国民経済計算統計より算出。


[2] 財務省の法人企業統計調査より算出。


[3] 厚生労働省の賃金構造基本統計調査より算出。


[4] 内閣府の国民経済計算統計より算出。


[5] 厚生労働省の職業安定業務統計より算出。


[6] 総務省の労働力調査統計より算出。



2016年10月19日水曜日

【学問のミカタ】 競争と交渉の男女差


経済学部の安田です。全学部コラボ企画、「学問のミカタ」、2016年度10月のテーマは「秋」です。大学の秋の一大イベントと言えば学園祭ではないでしょうか。東経大でも1028日(金)から30日(日)まで葵祭が開催されます。これから学園祭の準備などでキャンパスも活気づいてくると思います。

 


さて、東経大は『サンデー毎日』(2016109日号)で「女子の募集を強化する大学」として紹介されました。東経大では、結婚、出産を経ながらロングキャリアを志向する“ロンキャリ女子”を応援しており、経済学部でも来年度から女性のキャリアパスに特化した授業が開講される予定になっています。そこで、今回は、労働市場における男女間差異について紹介したいと思います。

 

現在日本の賃金は男性を100とすると女性はおよそ7273です。このような賃金格差はどのような要因から生じているのかを厚生労働省『働く女性の実情』から見ると、勤続年数と役職が大きな要因であることが示されています。

 


日本企業の管理職の多くは内部昇進であることを考えると、男性と比べ女性の勤続年数が短いことが役職比率にも影響を与えていると考えられるので、男女間の賃金格差は勤続年数が大きなカギを握っているといえそうです。その意味では、まさにロンキャリ女子が男女間差異を縮小するキーワードなのかもしれません。

 

『働く女性の実情』では、勤続年数、役職以外にも5つの要因を示していますが、その7つの要因をすべて調整すると、賃金の男女比はおよそ10090にまで縮小します。では、残りの1割にはどのような要因があるのでしょうか。

 

人事評価や営業成績、職種などいろいろな要因が寄与している可能性がありますが、近年経済学的に注目されているのが、男女間の競争や交渉に関する嗜好の差異です。つまり、男性の方が女性よりも競争が好きであったり、交渉ごとに強かったりするという実験結果が多くの研究で観察されており、そのことが労働市場での格差につながっている可能性があるということです。
 
 
確かに、受験や入社試験、昇進などは競争の一つだといえそうですし、ビジネスシーンでは取引先との交渉力も重要になってくると思います。もちろん、女性が常に競争や交渉に弱いという訳ではなく、競争力は文化や環境が大きな影響を与えていることも分かっていますし、女性は自分のためではなく、他人のために交渉すると交渉力を発揮することなども分かっています(関心のある方は参考文献を読んでみて下さい)。

 

 

経済学では、競争や交渉も非常に大きな研究テーマになっていますから、経済学部という文化・環境に身を置き、授業やゼミ活動などを通じて学んでいくことは、特に女性にとっては競争力や交渉力を高める良い機会になるのではないかと思います。
 
 

<参考文献>


ウリ・ニーズィー/ジョン・リスト『その問題、経済学で解決できます』東洋経済新報社.

ノルベルト・ヘーリング/オラフ・シュトルベック『人はお金だけでは動かない』NTT出版.
 
 

 
投稿者:安田宏樹


 東京経済大学のブログ
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【経済学部】 競争と交渉の男女差
【経営学部】 秋冬の売場スタート!
【コミュニケーション学部】 芸術の秋を楽しむ
【全学共通教育センター】フランスの秋あれこれ
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