2019年3月15日金曜日

【学問のミカタ】東京一極集中とは

 経済学部の浄土です。今回のブログでは、東京一極集中について考えてみたいと思います。

東京一極集中とは

 東京一極集中とは、全国に分散しているヒト、モノ、カネ、情報(あるいはこれらをひっくるめた企業)が東京に集中する現象のことをいいます。この現象は、日本の総人口の増減にかかわらず、地方の過疎化をも同時に意味し、地域間の経済的格差の原因にもなっています。

東京一極集中の是正策

 これまで、東京一極集中の是正や過疎化対策として、政府や地方自治体によってさまざまな取り組みが行われてきました。

 地方への企業誘致を促す補助金、企業への土地の提供、最近では、地方創生に基づく各種補助金などがあります。

 しかし、このような対策にもかかわらず、企業の東京進出には歯止めがかかっていません。

 いったいどのような要因が企業の東京進出をもたらしているのでしょうか。

2つのポイント

まずは、架空の例を用いて、東京一極集中のメカニズムを解き明かしたいと思います。

 ポイントは「対面によるコミュニケーション」注1と「移動によるコスト」です。
 
 架空の例とは、次のようなものです。

ある進学校における生徒のクラス配分

ある高校を想定します。その高校は進学校で、各学年に1組と2組の2クラスがあります。その高校の生徒は全員が、第一志望の大学進学を目指し、日夜受験勉強に励んでいるものとします。ただし、1組にだけ勉強ができる優秀な生徒が1人いるものとします。それ以外の生徒は、その時点では全員が同じ学力とします。教室の広さ、設備、生徒数も1組と2組では同じとします。クラス担任の教師も同じとします。また、生徒は事前にクラスを選ぶことができず、途中でクラスを変更することもできません。

 ここで、対面によるコミュニケーションを「クラスメート同士による勉強についてのコミュニケーション」とします。また、移動によるコストを「生徒が自分のクラスを選べる度合い」とします。上の例では、生徒はクラスを自由に選べないので、移動コストが高いケースとなります。

移動コストの低下の影響

 さて、ある学期からその高校のルールが変わり、生徒がクラスを自身で選べるようになったとしましょう。これは移動コストの低下を意味します。

 このとき、各クラスの生徒の割合はどのように変わるでしょうか。

 予想されるのは、2組の生徒が減り1組の生徒が増えるというものです。第一志望の大学合格を目指す生徒にとって、周囲に一人でも優秀な生徒がいる方が、その生徒とのコミュニケーションが増え、勉強の効率が上がるからです。

 勉強ができる生徒が近くにいれば、気軽に問題の解き方を教えてもらえます。教師とその優秀な生徒との質疑応答のやりとりから学ぶ機会もあります。おすすめの参考書や模試など受験に関係した有益な情報を得る機会もあります。

 このような機会は、同じ狭い空間で互いに顔見知りであるからこそ到来するのであって、別のクラスの生徒が同じ機会を得ることはできません。

 つまり、優秀な生徒が1人いるだけで、1組の生徒全員の成績が向上し、それが教室内でのコミュニケーションを通してさらなる成績向上につながるのです。

 そして、そのような成績向上の好循環を期待できるからこそ、2組の生徒は1組に移動する意味が生まれるのです(もちろん1組の生徒はそのまま1組に留まります)。

 一方、教室の広さは有限ですので、1組の教室は生徒でいっぱいになり、そこの生徒はとても窮屈な環境を強いられます。勉強の快適さでいえば、空きスペースのある2組の方が1組をはるかに上回っています。

 しかし、生徒はみな第一志望の大学合格を目指し必死に勉強しており、教室の快適性を気にしている暇はありません。

 第一志望の大学合格という切符を手にする上で、ほんの少しでも有利と思うならば、生徒たちは教室環境が劣悪であったとしても、1組に移動することを躊躇しないのです。

 大学合格を目指している生徒にとって2組から1組に移動することは(あるいは1組にそのまま留まることは)、そのような勉強スペースの窮屈さをはるかに上回る便宜があると考えるからです。

企業のケース

 次に、実際の企業の東京一極集中に視点を移してみましょう。

 生徒の目標は第一志望の大学合格でしたが、企業の目標は「最大の利益を得ること」になります。

 企業は必ずしも利益だけを追求するものではないと思われるかもしれません。もちろんそういう見方もありますし、実際にそのような理念を持つ企業も存在します。

 しかし、資本主義という厳しい競争社会では、一般論として、利益追求の否定は市場からの退出を意味するのです。

 企業が利益追求から少しでも距離を置いてしまうと、市場での優位性を虎視眈々と狙っているライバル企業にすぐに追い抜かれ、追い落とされてしまうからです。顧客ニーズにいち早く応え、少しでも安く高品質なものを提供できる企業のみが、より多くの利益を手にし、資本主義社会における生存競争を勝ち抜くことができるのです。

東京から得られる便宜と対面によるコミュニケーション

 さて、企業が大都市であり日本の首都でもある東京に立地することから得られる便宜とはどのようなものでしょうか。

 自社製品や自社サービスの営業や商談の機会、新卒採用やヘッドハントの機会、会計士、経営コンサルタント、デザイナー、IT技術者など実績ある一級プロフェッショナルと接触する機会、同じ業界や他業界についての最新情報や裏情報を人づてに知り得る機会、国会議員や中央省庁と接触する機会などがあります。注2 

 営業のケースで言えば、大都市である東京には潜在的顧客が多数存在するので、それだけ対面によるコミュニケーションの機会が増え、より商談が成立しやすくなります。

 つまり、企業にとって東京に立地することから得られる便宜とは、より多くの企業と対面によるコミュニケーションの機会を作ることができるということなのです。

情報通信革命と対面によるコミュニケーションの重要性

 確かに昔と違って現代では、情報通信革命により対面によるコミュニケーションの手間が大幅に効率化されました。しかし、それによって対面による営業や商談の重要性が小さくなったといえるでしょうか。

 情報通信革命により効率化されたのは、ルーチンワークに属する業務であり、重要な案件については、今でも対面によるコミュニケーションがビジネスの現場で重視されています。
 
 昔も今もこれからも最大利益を目指す企業にとって、取引先を選定する上で、相手企業の経営実績や財務といった過去のデジタル情報だけでなく、長期的な観点から、誰と(あるいはどのような理念をもつトップと)ビジネスするかといった先を見越したアナログ情報も重要な要素になっているのです。
 
 また、信頼できる相手であるかどうかは実際に会ってみないとわかりません。さらに実際に会って対面で話すからこそ、表には出ない情報、思わぬ便宜、コネを通じた他社の紹介といったビジネスチャンスを手にすることもできるのです(実はここだけの話・・、耳よりの話なのだけど・・、確か○○社が・・、など)。
 
 そして、このような裏情報や本音情報こそがむしろ、企業が厳しい競争社会で生き残っていくうえでとても重要になってくるのです。
 
 新規ビジネスは、結局のところ、顔を突き合わせた緊密なコミュニケーションから生まれます。
 
 インターネットがこれほど普及したにも関わらず、今でも対面による採用面接や名刺が存在することからも、以上のことは頷けるのではないでしょうか。

企業にとっての移動によるコストとは

 さて、企業にとっての移動によるコストとは、ビジネスパーソンが東京と地方の間を移動するのに要する時間的、金銭的コストのことです。

 東海道新幹線が開通する前までは、東京から大阪まで出張する場合、移動時間に8時間近くかかっていました。しかし今では2時間40分ほどで行けるようになりました。
 
 飛行機利用でも、都心から空港までのアクセスの利便性向上、便数の増加、スマホでの予約や決済など、空の移動に要する時間が大幅に短縮されました。

移動コストの低下の影響:東京と大阪のケース

 このような移動によるコストの低下は、企業の立地戦略にどのような影響を及ぼすでしょうか。
 
 東京と大阪の2都市を対象に考えてみましょう。
 
 予想される結果は、大阪に本社を構えている老舗企業の多くが東京に流出するというものです。これは大阪だけでなく名古屋でも福岡でも札幌でも同じです。
 
 それまでは、移動によるコストが高かったことにより、大阪の老舗企業は、地元に本社を置く意味がありました。東京と大阪間の往来は、東京のビジネスパーソンにとっては移動時間がかかり過ぎるので、東京の企業が大阪のビジネス圏に参入するのは容易ではなかったからです。
 
 しかし、東海道新幹線の開通により、東京と大阪間の時間的距離が縮まった結果、大阪の企業は地元企業だけでなく、新たに参入してきた東京の企業とも競い合わなければならなくなりました。
 
 大阪のビジネス圏が、移動コストの低下により、東京のビジネス圏に組み込まれてしまったともいえます。
 
 大阪の企業は、地元に留まり続けていては、東京のライバル企業とは勝負になりません。東京のライバル企業は、対面によるコミュニケーションの機会を有効に活用し、それによるさまざまな便宜を多くの企業が密集する東京ですでに享受しているからです。
 
 移動コストの低下により東京のライバル企業と同じ土俵で勝負することとなった以上、大阪の老舗企業は、資本主義という競争社会で生き延びるためにも、本社を東京へ移し、東京のライバル企業がすでに享受している東京での緊密なコミュニケーションによる便宜を同じように享受する必要があるのです。
 
 こうして、大阪の老舗企業が1社また1社と東京に進出し、それが東京での対面によるコミュニケーションの機会をさらに増やし、結果として、ビジネス環境としてはすでに魅力的な東京をより魅力的なビジネス都市へと変貌させるのです。注3
 
 そして、このような企業流出のメカニズムが、大阪の老舗企業のみならず、名古屋、福岡、札幌といった他の地方都市にも波及し、東京一極集中が一層進んでいくのです。

東京一極集中の本質的要因

 東京一極集中とは、以上のように、企業による経済合理性に則った現象なのです。

 そして、その現象を引き起こす本質的要因とは、移動コストの低下なのです。注4

 冒頭でも述べたように、これまで政府や地方自治体によって、さまざまな企業誘致を目的とした補助金政策が打ち出されてきました。しかし、東京一極集中という現象は、企業が最大の利益を得ることを目指している以上、是正するのが非常に難しい都市問題なのです。

 先の高校の例でいえば、企業誘致を目的とした補助金政策とは、1組の教室が窮屈であり授業環境としては不適だからという理由で、1組の生徒に空きスペースのある2組に移るように促す政策といえるからです。1組の生徒に授業料を1割安くするという条件を出しても、第一志望の大学受験を控えた生徒からすれば、それでも応じないのではないでしょうか。

 これは企業にとっても同じです。厳しい競争社会に身を置いている以上、企業に金銭的動機を提供しても地方移転にはなかなか応じてはくれないのです。

 多くの大手企業や大手マスコミ、中央省庁、各専門分野の実績あるプロフェッショナルが集う東京という大都市から受ける様々な便宜というのは、企業にとってはビジネスから距離を置く我々が想像するよりもはるかに大きな価値をもつものなのです。注5

生活者の視点とビジネスの視点

 新幹線や飛行機が日常的に利用できるようになり、とても便利な世の中になりました。生活者の視点でみれば、もちろん自然豊かで歴史や文化の残る地方の方が理想的な住環境といえます。しかし、ビジネスという視点でいえば、ヒト、モノ、カネ、情報が密集する東京は、企業にさまざまなビジネスチャンスを提供してくれるのです。

 移動コストが低下したことで、全国に分散していた企業が東京に集まり、対面によるコミュニケーションを通してさらに別の企業が引きつけられるという、このきわめて強力な集中メカニズムを反転させるには、これまでとは次元の異なる大胆なアイデアが必要なのかもしれません。

注1:対面によるコミュニケーションは、「フェース・ツー・フェース(face-to-face)によるコミュニケーション」と表現されることもあります。

注2:それ以外にも、有能な国際弁護士と接触する機会、海外展開している大手商社と接触する機会、大手金融機関の幹部と頻繁に接触し、信用を得て多額の融資を得る機会、大手マスコミの情報発信力を利用する機会などがあります。

注3:また、東京都内の地下鉄や市電、タクシーなどの移動手段がより充実すれば、企業数が一定でも東京での対面によるコミュニケーションの機会はより増えることになります。

注4:つまり東京一極集中とは、移動コストの低下によってビジネスパーソンのフットワークが軽くなった結果、東京のビジネス圏が拡大し、それによりビジネスが最も活発な東京が地方の企業を引き寄せてしまうという吸引現象のことなのです。そして、その対面によるコミュニケーションを核にした磁力は、企業が東京に集中すればするほど強まり、東京一極集中が一層進むことになるのです。

注5:東京一極集中が引き起こす地価や賃金の上昇は、企業の東京進出の歯止めにはなりません。東京一極集中とそれによる対面によるコミュニケーションの増加が、土地や労働者の生産性を上昇させ、それが結果として、企業への貢献度によって決まる地価や賃金の上昇を引き起こしているからです。つまり、移動によるコストが上昇しない限り、企業の東京進出を抑制することはできないのです。



経済学部 浄土渉