ところで、このようなかわいいらしい子供のおばけなら大歓迎ですが、株式市場には時々とても厄介なおばけがあらわれます。そのおばけとは「バブル経済」というものです。バブル経済とは、資産価格が投機によって実体経済から大幅にかけ離れて上昇する経済状況、のことを言います。
ここでいう資産価格とは株価のほかに不動産価格などを指す場合もあります。その動向は、株式市場でいえば、端的には日経平均株価の動向でとらえることが出来ます。それに対し、実体経済とは、生産、消費、設備投資など金銭に対する具体的な対価をともなう経済活動のことを意味し、その動向は端的には実質GDPの推移でとらえることが出来ます。
実質GDPと日経平均株価…いずれもニュースや新聞でよく聞くものであり、感覚的にはどちらも「景気の動向」を示す、似たようなものなのではないか、と感じる人も多いかもしれません。そして、同じように「景気の動向」を示す指標であるなら、そんなに大きく違う動きをすることはないようにも思います。では、実際の両者の動きはどうなっているでしょうか。
図1:日本の実質GDPの動向
(出典)内閣府の公表データより筆者作成
図2:日経平均株価の動向
(出典)日経NEEDSより筆者作成
上の二つの図を見比べてみると、思っている以上に、あまり似ているとは言えない動きをしていることが分かります。実質GDPは全体的には、緩やかな上昇傾向といえるのに対し、日経平均株価の方は全体的に上下動が大きいです。そして何より、明らかに80年代後半から90年代前半にかけての株式市場の動きは、GDPの動きとはかけ離れています。これこそバブル経済です。
しかし、なぜ同じような景気に関する指標なのに、これほど大きく動きが異なってくるのでしょうか。ここではその理由を2点説明したいと思います。
一つ目は、実質GDPは景気についての「過去の実績」であるのに対し、日経平均株価は景気に対する「将来の予測」である点です。各年の国内経済主体の生産活動の付加価値の(物価変動の影響を除いた)総額である実質GDPは、「それぞれの年に実際にどのくらい生産がなされたのかという結果」についての指標であるのに対し、株価は、投資家による「株式が将来もたらしてくれるだろう収益に関する予想」に基づいた売買行動によってつけられます。そのため、現時点で景気が上向きではない、実体経済がまだ活性化していない状況でも、将来上向きになると投資家が予想したとき、株価は現時点ですぐに上昇するのです。
二つ目は、株価が「株式の流通市場」でつけられる点です。株式投資をすると聞くと、「銀行が負債で企業にお金を提供する代わりに、投資家が企業に出資金を提供する」ことをイメージするかもしれません。しかし、株式投資において、実際に企業にお金が提供されるのは、企業が新規に発行した株式を「発行市場」に売り出し、それを投資家が買った場合のみです。実は、多くの企業はめったに株式の新規発行、すなわち、増資は行いません。でも人々は、日々上場企業の株式を取引しています。これがどこでどのように行われている取引なのかというと、これこそが「流通市場」での取引なのです。
「流通市場」とは、発行済みの株式を投資家間で売買する市場です。すなわち、過去に企業が発行した株式を保有している投資家とそれを新たに欲する投資家との間で、転売取引をするための市場です。いわば、中古市場です。そのため、この流通市場において投資家間で株式が売買されることは、「企業の出資者の途中交代」を意味するのであって、「企業への新たな出資」を意味しません。つまり、流通市場でいくら取引が活発に行われても、それは投資家間での株式と金銭の活発な交換でしかなく、企業にお金がどんどん提供されるわけではないのです。これは、本屋さんで新品の本を買うと、作者に印税が入るが、本の中古市場であるブックオフでどれほど活発に本が取引されても、作者に印税が入ってこないのと似ているといえるかもしれません。
皆さんが、日々ニュースで目にし、耳にする株価とは、この流通市場での投資家間での取引価格のことです。そのため、本来、株価は「企業や景気の実態についての将来予測」としてつけられるべきであるにもかかわらず、時に、実態を無視し、株価の直接的な決定要因である「流通市場での投資家行動のみの予測」に基づいてつけられる場合があります。この時、投資家の間で株式投資が一種のブームになったりすると、バブルが発生してしまうのです。
このようにある程度の説明は出来るとはいえ、バブル経済はその発生過程や崩壊過程、そのタイミングがいまだに正確に説明できない、まさにおばけのような経済現象であるといえます。最後に、このバブル経済というおばけは、あらわれるときではなく、消えるときに真の怖さを発揮します。この点は、普通のおばけとは大きく異なる特徴ですね。
投稿者 石川雅也