全学部コラボ企画、「学問のミカタ」、7月のテーマは「海」です。浜松出身の私にとって海水浴と言えば浜名湖でした。浜名湖以外にも、近くには中田島砂丘で有名な遠州灘があるのですが、こちらは太平洋と直接つながっているため、波が高く、遊泳は禁止でした。それでも中学時代、部活で浜に走りに来た時などは、高い波を見つめながら遠い海の先に思いをはせたりもしました。大人になった今では海外に出る機会もそれなりに増えてきました。
私の海についての思い出はさておき、近年、海外から日本にやってくる観光客が増えていることが大きな話題となっています。
上のグラフに示されるように、訪日外国人旅行者は、2011年に東日本大震災・原発事故の影響で激減したものの、その後すぐに回復し、2013年には初の1000万人を超え、2014年には1341万人にまで増加しました。また2015年に関しても、上半期だけで914万人を記録し、これは2014年に比べても46%の増加ということで、今年もさらに増える見込みです。皆さんの中にも、街中で外国人の旅行者を見かける機会が増えたと感じる人がいるのではないでしょうか。
この訪日外国人旅行者の増大の要因としては、一つとして円安の影響が挙げられます。
上のグラフを見てもわかるように、訪日外国人旅行者が急激に増え始めた2012年から現在にかけて、円安傾向が続いています。ちなみに円安によって、外国人の日本旅行が実質割安になったということは、裏返すと、日本人の海外旅行は実質割高になったということでもあります。実際、日本人の海外旅行者は2012年の1850万人から2014年には1690万人に減少しています。この間、景気自体は上向きであったことを考えると、海外旅行に対して為替相場が与える影響の大きさが分かります。
もちろん、訪日外国人旅行者の増加の要因は、円安だけではありません。日本政府観光局(JNTO)は、①短期滞在査証(ビザ)発給要件の大幅緩和、②消費税免税制度の拡充、③アジア地域の経済成長に伴う海外旅行需要の拡大、などもその要因に挙げています。
これらの背景には、観光産業が日本の成長戦略の柱の一つとして注目されていることがあります。安倍政権は、「日本再興戦略―JAPAN is BACK―」(2013年6月)で「2030年には訪日外国人旅行者数3000万人を超えることを目指す」という成果指標を掲げ、オリンピックの開催が決定されたのちの「日本再興戦略 改定2014」(2014年6月)では、2020年に2000万人という目標も新たに加えています。
しかし、このように盛り上がりを見せている観光産業ですが、その経済規模や影響の大きさは、本当に日本経済全体の成長の原動力となるほどのものなのでしょうか。それを考えるためには、人数ベースではなく、金額ベースでの数値を把握する必要があります。この点については、一般社団法人日本旅行業協会(JATA)が公表している『数字でわかる旅行業』のデータが非常に参考になります。それによると2012年における日本国内における旅行消費額は22.5兆円であり、付加価値ベースで考えると10.9兆円ということです。ちなみに、この年の名目GDPは473.8兆円なので、この年の旅行産業の生み出した付加価値はGDPの2.3%ということになります。これは決して小さくない規模です。
さらに言うと、一つの産業が盛り上がるとその産業内で雇用者が増え、その雇用者の所得が増大します。すると、その増えた所得が新たな需要を生み、他の産業へも盛り上がりが伝播していきます。こうした動きを「経済波及効果」といいます。JATAは、この経済波及効果まで含めると、2012年における観光産業の付加価値効果は23.8兆円と推計しています。この額はGDPの5%を占めるものであり、観光産業の盛り上がりは、日本経済に大きな影響を与えうることを示しています。
ただし、注意してほしいのは、2012年における旅行消費額22.5兆円のうち、実に21.2兆円が日本人による支出であり、外国人旅行者による消費は1.3兆円、比率にして約6%にとどまるということです。したがって、「海外からの観光」だけを金額ベースで捉えると、まだまだ経済成長の原動力となっているといえるほど大きいものではないかもしれません。
とはいえ、2012年には1.3兆円であった外国人旅行者による消費額も、2014年には2兆円の達しており、人数と同様、他の産業では見られないほどの急速なペースで増加しています。オリンピック以外にも、各種の政策、世界遺産登録などが追い風となっていけば、中長期的には、「海外からの観光」が日本を代表する産業に成長する可能性は十分にあるのではないでしょうか。
このように、経済ニュースは「数字で把握すること」も極めて大事となります。
投稿者 石川雅也
資料参考元:
政府観光局公表
Principal Global Indicators
一般社団法人日本旅行業協会(JATA)